川口佳奈枝さん(30)は小学校と中学校に1日も通わないまま育った。紆余曲折を経て、23歳で初めて就職。仕事上のある出来事がきっかけとなり「勉強をしよう」と思い立ったという。

 現在は夜間中学と通信制高校に通いつつ「教員免許を取りたい」と話す彼女の真意とは。(全4本の4本目/最初から読む

高校の同級生たちと写真におさまる川口さん(右)(本人提供))

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──23歳で初のひとり暮らし、引っ越し、就職。どんな気持ちでしたか。

川口 「生まれて初めて自分の人生を生きている」という感覚がありました。食事や帰宅時間が自由なのはもちろん、遠慮せずに寝返りが打てることすら喜びでした。

 実家で姉と同じ部屋で寝ていた頃は、寝返りするたびに舌打ちされたので、誰かと一緒に寝ることにずっと緊張感があったんです。「好きなだけ寝返りしてもいいんだ!」という解放感や、自分自身でこの暮らしを勝ち取ったという誇らしさもありました。

──正社員になったそうですが、どんな仕事を?

川口 自動車の部品工場です。細かい部品が図面通りにできているかを測定する検査部門に配属されました。顕微鏡で部品を見て設計図と比較するんですが、X座標、Y座標など数学の知識が必要で、初めはまったくわかりませんでした。

 でも、数学によって計算された機械の動きを見て「とてつもなく美しいな」と。こんなに楽しい世界があるのか、と心が沸き立ちました。

「履歴書の学歴欄には高卒と書きました。もしウソがバレたら…」

──川口さんは理系の素質があったのかもですね。

川口 私の知識は小3の「わり算の途中」までだったので、古株の男性社員さんがイチから図面や座標の見方を教えてくれました。そのとき三平方の定理などを知り「ちゃんと勉強しないと、この仕事は務まらんかも……」と焦り始めました。

川口さんが勉強した実際のノート(本人提供)

──そこから勉強を?

川口 そうです。帰宅後に図面を見直してもわからないので、仕方なく中学数学の教科書を取り寄せ、読み始めました。

──会社の人たちには「小学校、中学校に1日も行かなかった」と話しましたか?

川口 言わなかったです。というのも、履歴書の学歴欄には「高卒」と書いていたからです。

 だって、まったくツテのない会社に出す書類で「小学校から通っていません、あえて書くなら最終学歴は保育園です」なんて、ありえないじゃないですか。それは私のせいじゃないとしても、義務教育をまったく受けていない人は、一般的には“異様な人物”として扱われます。私は15歳以降、それを肌身で感じてきました。だから後ろめたい気持ちはありましたが、履歴書の学歴欄には福井の小、中、高を卒業と書きました。もしウソがバレたら、責任は取ろうと思っていました。