しごきに耐える辛い日々で「誰か死んでくれないかと思ってた」
ある日のこと。小隊長が唐突に言った。
「一列に並べ! 歯を食いしばって踏ん張れ!」
隊員たちが整列すると、ビンタが始まる。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。自分の番になった時、武論尊さんは顔を背けて、弱々しく「やめて」と言った。
「笑いを取ろうとしたんだよ。そうしたら力が抜けるだろうと思ってね」
一瞬、小隊長の手が止まり、内心で「勝った!」と思った瞬間、ビンタが2発飛んできた。
「本当に冗談じゃなくて、誰かひとり死んでくれないかなと思ってたね。死人が出たら、少しは楽になりそうでしょ」
自衛隊は「明るい刑務所」
100人いた同期も、次々と辞めていった。そのうちのひとりが、本宮ひろ志氏。そう、発行部数3000万部超の漫画『サラリーマン金太郎』シリーズの作者である。
「本宮は1年半で辞めたんだけど、寮を出る時に木刀を持って自分を痛めつけた先輩たちを追いかけてね。それをおれたちが一生懸命止めたんですよ。お前はやめるからいいけど、残るおれたちのことを考えてくれって。目つきが鋭くて、迫力のある男でね。おれはよく、本宮はいいヤクザの組長になるよって言ってました。そしたら、俺みたいなやつは先に死ぬんだよって笑ってたな」
それからしばらくして、本宮氏から部隊に手紙が届いた。封を開けるとゴワゴワしたティッシュが入っていて、「俺は女を覚えたぞ、これがその証拠だ」と記されていた。
「この時は同期のみんなで大騒ぎになったよ。でも僕は冷静に、これは絶対にウソだと言ったね(笑)」
入隊して4年間、武論尊さんは「明るい刑務所」と呼ぶ生活に耐えた。「明るい」というのは、決して楽しいという意味ではない。
「男子校みたいなノリで現状を笑い飛ばさないと、やっていけないんですよ」
いつも笑いの中心にいたのが、武論尊さん。部隊の演芸大会では上司をバカにする即興の創作落語でドカンドカンと沸かせ、宴会になれば積極的に場を盛り上げた。
「子どもの頃から、人を楽しませるのが好きだったんですよ。貧乏で暗くなるの、イヤでしょ。これってきっと、サービス精神なんだよ。今の仕事にも通じていて、書きたいものじゃなくて、ウケるものを書く。俺の漫画ってあくまで娯楽なんで、笑って楽しんでもらえばいいんだ」

