スランプを気に病んで、亡くなった漫画家も見てきた
だから、自分が原作を書いてヒット作にできなかった漫画家には、「ごめんなさい」と今も後悔の念を抱く。たとえ、自分でいい出来栄えだと思っても、売れないこともある。なによりも「きつい」のは、1作品でも組んだ漫画家が、漫画の世界を離れていくことだ。
「本当に不器用で真面目な漫画家さんが多いからね。俺の原作で書いた後、その漫画以上のものを自分で描こうとして、立ち止まっちゃう人もいるんですよ。それで病んでしまって、亡くなった人がふたりいます。自分の力で自由に描こうとすると、ピュアな思いが溢れちゃうんだよな。俺みたいに長く走れるように、濁しておけってよくいうんだけど」
1972年に原作者としてデビューしてから、公私ともに大勢の漫画家と出会い、その才能と苦悩を目の当たりにしてきたこと。若手の漫画家の成長を促すサポート役として、成功も失敗も噛み締めてきたこと。それが、若手を育てる「漫画塾」を開くきっかけになったのかもしれない。
自腹を切り、4億円をかけた建物で若手向けに本気の「漫画塾」
武論尊さんは2018年に、長野県佐久市で受講料無料の「武論尊100時間漫画塾」を開塾した。授業は、月2回の全20回。2024年3月には武論尊さんが4億円の私費を投じて建てた校舎「さくまんが舎」が完成し、佐久市内外から塾生が通う。現在受講中の7期生を含め、これまで126名が受講し、30名がプロデビュー(2025年12月現在)。ほぼ5人にひとりの計算だ。
武論尊100時間漫画塾の本気度は、そうそうたる講師陣からもうかがえる。『名探偵コナン』の青山剛昌氏、『タッチ』のあだち充氏、『よろしくメカドック』の次原隆二氏、『闇金ウシジマくん』の真鍋昌平氏、『新世紀エヴァンゲリオン』の庵野秀明氏……。日本が誇るレジェンドが現地で直接指導するのだ。
取材の日も、総発行部数400万部超の『ハーメルンのバイオリン弾き』シリーズ作者、渡辺道明氏が講義に訪れていた。「人間の変化を楽しむのがエンタメ」「読者が憧れるようなかっこいいポーズ、姿を強調する」「読む人たちの想像を楽にするカメラワークを意識する」。レジェンドによる実践的なアドバイスに、7期生25名が真剣な表情で耳を傾ける。
「講師の先生方にどうやって声をかけているんですか?」と尋ねると、スキンヘッドにヒゲ、78歳とは思えない目力でこちらを見据える武論尊さんは「半分脅し。断ってもいいけど、断ったらどうなるかわかってるよねって」と冗談を飛ばしながら、こう続けた。
「先生たちは、みんなまじめに教えてくれてるよ。でも、全員言うことが違うんだ。だから塾生には毎回、『先生たちは、自分は今日までこう生きてきたという経験を話してくれるから、それをどう受け取るかは君たちの自由』と伝えています。漫画には正解がないからね。型にはめないようにしてるんだ」

