自宅の前に集まったファンの中に“彼”はいた

 撮影が終わると、ジョンとヨーコは一階へ移動し「オフィス・ワン」で待ち構えていたサンフランシスコのラジオ局RKOのディレクター、デイブ・ショリンのインタビューに答えた。二人は沈黙していた5年間のこと、新アルバムのことなど熱を込めて語り、録音スタジオへ行く時間になってもまだ話していた。

 午後5時に来るはずの迎えの車が遅れたので、ショリンが用意していた車で二人を送り届けようと提案した。ダコタ・ハウスの前にはファンが集まって、WBAIラジオ局が放送する「ジョンとヨーコのバラード」を大音響で流し、手拍子をとったり歌ったりしていた。

 そこにジョンがダコタのなかから出てきた。歩道を埋めるファンの間から眼鏡をかけて太った若者がジョンに近づいてきた。「ダブル・ファンタジー」のアルバムを差し出す。

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 ジョンは眼鏡越しにこの青年を一瞥(いちべつ)して微笑んだ。目の前に差し出されたアルバムを受け取ると、「John Lennon」と書き、「1980年12月」といれた。

 ジョンは再び微笑みかけ、サインの入ったアルバムを手渡した。

「これで」とジョンは言って「もういいね?(Is that all you want?)」

 青年は「ありがとう、どうもありがとう、ジョン」と素直にお礼を言った。この瞬間、アマチュアカメラマンのポール・ゴレシュはジョンが屈み込んでサインしているスナップ写真を撮っていた。

 ゴレシュはずっとジョンとヨーコにまとわりついている要注意人物だった。1年ほど前、ダコタのなかに入り込んであちこちをうろつきまわり、ジョンのベッドルームまで忍び込んだこともあった。