「ジョン・レノンを殺しにきたんだ」

 11日夜9時15分、YMCAから電話してきた夫はひどい鬱状態だった。ニューヨークへ来たのは間違いだったと言い、もし“彼”に会えていたらやったかもしれないが、君の愛が自分を救ったと言い出した。誰のことを言っているのか知っているだろう、と言うので、知らないと答える。すると、「電話で言うのはちょっとまずいが、ニューヨークへジョン・レノンを殺しにきたんだ」と打ち明けた。ホノルルで銃を買い、アトランタで銃弾を手にいれた。でも今は君のところへ帰りたいと言うのだった。

ジョン・レノン(Photo by Rowland Scherman/Getty Images)

 その言葉どおり、12日午後3時15分、チャップマンは自宅へ帰って来て玄関の扉を開けるとグローリアをしっかり抱きしめた。そしてスーツケースを開けて、なかから重たい銃を取り出した。グローリアは然としながら、夫の話がでなかったことを認めざるを得なかった。夫はそれを手で持ってみろと言う。

「あの銃を握ったときの感覚は忘れられません」

ADVERTISEMENT

 グローリアはこう言った。彼女は銃など見たことも、触ったこともなかった。

「マークの言っていることは嘘だと思いたかったのですが、あの銃を見たとたん、背筋が凍るようでした」

 たぶん君は信じないだろうが、やろうと思えばやれたんだと夫は付け加えた。まるで悪い夢を見ているようだった。

「絶対に行かないで」「お願いだから」

 17日、彼は勤め先に電話してきて、銃はもう海に捨てたから安心するようにと言って来た。グローリアは喜んだ。銃など見たくもないと言った自分の言葉を夫は聞き入れてくれたのだ。海に捨てたのなら見つける人はいないだろう。万が一、見つけたとしても塩水で劣化して使えなくなっているだろう。これでもう大丈夫、すべて終わったことなのだと思った。

 その晩帰宅すると、夫は「ついに、成長しなくてはいけない。もう、ぐうたらのままではいられない」と言い出し、「どうしても再び出かけなくちゃならない。仕事とかこの先のキャリアのために」と続けた。子供の本を書くために、そしてあまりにも太ったから減量するために、と言って、「もどってきたらハワイを永久の住処(すみか)にしよう」と付け加えた。だが、ほんの数週間というだけで、どこへ行くのかも、いつ帰るのかも言わないので、グローリアは反対し、口論になった。

「絶対に行かないで」と泣いて叫び、「お願いだから」とすがったが、縛り付けておくわけにもいかず、結局は彼の言葉を受け入れるしかなかった。