――そこまで恨んでいても、母親の家に逃げたりという選択肢はなかったのですか?

 自力で逃げるということは思いつきませんでしたね。ただ中3の冬にまた姉と交換で母親と一緒に暮らすようになり、学校も転校しました。その時に「そろそろ受験の時期じゃない?」と言われたのですが、学校に行ってないとそういうことが本当にわからなくて、何も考えていませんでした。気付いた時にはほとんどの高校が願書の受付も終わっている時期でした。

 

――ギリギリの時期だったのですね。どうしたのですか?

ADVERTISEMENT

 母親と中学校の先生が調べてくれて、定時制高校に進むことになりました。受験のテストを白紙で出しても合格するようなレベルの高校でした。

「オンラインゲーム内ではそれなりに有名人だったと思います」

――高校は通っていたのですか?

 僕が入った定時制の高校が直後に廃止されることになって、結局別の通信制に入り直しました。1年生から入り直しだったので結果的に高校には4年間通いました。とは言っても通信制なので、朝10時から夕方5時までコンビニでバイトして、夜はずっとオンラインゲームという生活でした。バイト代が貯まるとフィギュアを買ったり、ゲームをしてない時は2ちゃんねるを見たり。

 

――友達はいましたか。

 通信制だと通学があるわけではないので、友達はほぼオンラインゲームの中の人でしたね。オンラインゲームはかなり本気でやっていて、PCを複数使って自動でレベル上げをするマクロを作ったり、禁止行為ではありましたけどゲーム内のアイテムを売ってお金にしたりもしていました。「ラグナロクオンライン」のサーバー内ではそれなりに有名人だったと思います。

――2000年代中盤のいわゆる「オタク」の生活ですね。

 完全にそうですね。服も白いインナーに黒いシャツを羽織るか、黒いインナーに白いシャツを羽織るか。その2パターンしか持っていませんでした。それが一番かっこいいと思っていたんですよね(笑)。