「昔から、僕は自分の感情を客観的に見れないんです」
――さすがに自分で気づきそうな気もするのですが……。
向 昔から、僕は自分の感情を客観的に見れないんです。心の中の容器にストレスや不満がどんどん溜まっていても、今どのくらい溜まっているのか自分自身ではわからない。ある日突然あふれてすべてがいやになって仕事から逃げたり、モノにあたったりするまで気づけない。今でも根本的には治ってないと思うんですが、若い頃は今以上にその傾向が強かったんです。
――それで、しばらくはストレスを無視して続けられてしまったのですね。
向 あとは僕がずっと抱えている「経験値コンプレックス」もあったと思います。働くようになってから、みんなが学校で自然にした経験が自分には圧倒的に足りないことを痛感して、それがずっと心に根っこのように刺さっていて。
――売り専の仕事も経験だと。
向 そうですね。僕は女性が好きなので、見た目がキレイな男の人ならまだしも、相手がおじさんとなると当然つらい。それでも仕事っていうのは嫌なことをするものだし、それを乗り越えてこそ経験値が増えると信じていました。それに、自分はこんなことでは削られていない、と思い込んでいました。
――売り専のあとはBLバー、メイド喫茶でも働いたんですよね。
向 BLバーが半年、メイド喫茶の店長も半年でした。仕事を変える時はだいたい何も言わずに「飛んで」ました。
――いろんな仕事を半年で次々飛んでいった?
向 僕の中では半年って、「仕事がひととおりわかる期間」なんです。いろんなことを覚える段階は楽しくても、大体わかってしまうと飽きてくるという繰り返しでした。経験値を増やしながらひとつのゲームをクリアして、また次の新しいゲームを始めるような気分だったんだと思います。
――メイド喫茶は店長にまでなったそうですが、それでも続けるモチベーションは湧いてこなかった?
向 最初はキッチンの仕事で入ってすぐ店長になったんですが、そのお店はずっと赤字で、毎月の家賃を払うのも大変な状態。そんな中毎週の会議でどうやったら利益を上げられるかと幹部から詰められて、21歳で何の経験もなかったのでビジネス書を読んだり、同業の店長さんに相談したり、できることはやり尽くしたのですが状況はよくならず、メンタルもどんどん追い詰められていきました。
――そして半年後に……。
向 出勤しようとして家のドアの前に立ったとき、「あれ、ドアってどうやって開けるんだっけ」と何もわからなくなって、同時に大量に涙も出てきて……。「あぁこれはもう無理だ」と思って、そのまま飛んでしまいました。

