――昔の石鏡では将来、稼ぎ頭になる女の子のほうが貴重だったんですね。鳥羽さんのお母様も海女さんでしたか?

鳥羽 ああ。ただ、うちのお袋は華奢で長く潜れないから収入が少ない。海女さんは脂肪がついているほうが長く海に潜れるからね。だからオヤジは「ほかの奥さんはふくよかなのに、お前は痩せていてみっともない」なんてお袋に言う。それでもお袋は70歳すぎまで現役の海女を続けていたんだ。

――70歳はすごいですね。

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鳥羽 石鏡には80歳を超えて潜っている海女さんもいるよ。一方で、俺のオヤジはいろいろ商売に手を出しては失敗するし、町の中でも我が家が最も貧しかったな。学校に持って行く弁当も友達は白米なのに、うちだけ毎日、麦飯だったしね。

 

――その町で育って、鳥羽さんは将来どうなりたいと考えていました?

鳥羽 やっぱり漁師だよね。うちは4人兄弟なんだけど、俺は長男だから家を継いで守らないとならないと思っていたんだ。お袋を助けたいから、高校には行かず中学を出て働こうと思って。それでいつか、外国船の船長になりたいなあ、と。

――長男は外に出られない?

鳥羽 そのころはね。家を出るのは次男、三男。当時、オヤジの弟、俺の叔父さんはやり手で、他の集落で漁業権を買って海女さんの元締めをしていた。沖まで海女さんたちをまとめて船に乗せて連れて行く仕事なんだけど、オヤジはそこに中学を卒業した俺を丁稚奉公で預けたわけ。

「このままオヤジに搾取されていたらイカン!」

――暮らしは楽になりました?

鳥羽 それがいくら働いてもお金をもらえない。「おかしいなあ」と首を傾げていたら、オヤジが給料をそっくり懐に入れていたんだよ! しかも2年間。

――それはご実家の生活費に?

鳥羽 いや、半分は賭博でしょう。まあ、今思えば、オヤジなりに必死だったのかもしれない。一発当てて家族をどうにか食べさせたいという、切羽詰まった想いがあったんじゃないか。自分も歳をとってだいぶ当時のオヤジの気持ちが分かるようになったけれど、当時は「このままオヤジに搾取されていたらイカン!」と(笑)。

 

――これじゃお金は貯まらない、と。

鳥羽 そう焦っていたところに、知り合いの漁師さんから「遠洋マグロ漁船に乗らないか? 臨時で乗組員を募集しているぞ」って話があってね。きついのは噂でなんとなく知っていたけれど、叔父さんのところで働くよりもずっとお金はもらえるし、お袋に楽をさせてやりたくて乗ることにしたんだ。弟たちもまだ小さかったしね。

――それで過酷な世界に飛び込んだんですね。

次の記事に続く 「誰かにポン! と背中を押されて海に落ちても…」17歳でマグロ漁船に乗った鳥羽一郎(73)が忘れられない“夜中のションベン”の恐怖

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