海の男の気持ちを歌い続ける演歌歌手、鳥羽一郎さん(73)。紅白出場20回を数える大御所の演歌歌手だ。

 30歳での遅咲きデビューながら大ヒットした「兄弟船」の誕生秘話や、歌手の道を選んだ2人の息子との距離感、今は亡き父親への思いなどを聞いた。(全4回の4回め)

◆◆◆

ADVERTISEMENT

――我慢、我慢の3年間の修業時代を経て、いよいよデビューが決まったのは30歳の時(1982年)でしたよね? 

鳥羽 そう。先生の部屋からピアノの音が聞こえると、「次は俺の曲かな?」とそわそわしたりしてね。

鳥羽一郎さん ©文藝春秋 撮影・平松市聖

――オリコンチャートでは29万枚、累計売上ではミリオンセラーとなるデビュー曲「兄弟船」は、作詞家の星野哲郎さんと、作曲家の船村徹さんという大御所コンビによって制作されましたが、星野さんは鳥羽さん・山川さん兄弟を意識して詞を書かれたのでしょうか?

鳥羽 いや、弟は漁師の手伝いはしなかったから、実際に兄弟では乗ってないんだ。

――兄弟船ではない?

鳥羽 そう。故郷の石鏡町では、次男はいつか家を出て行かなければならない。だから小さい頃から弟は漁師になる気はなかったから、家の手伝いはしても船には乗ってない。

 それに事務所も違うし、兄弟セットで売り出してないから、当時、世間の人は俺と山川豊が兄弟であることは知らないしね。だから作詞の星野さんは、俺たち兄弟の関係を全く意識してないよ。それに実は、あの曲はもともと全く違う歌詞だったんだよ。

――そうなんですか?  「♪波の谷間に 命の花が ふたつ並んで 咲いている~」で始まる星野さんの作詞ではなかった?

鳥羽 ああ。北海道の新聞社(日刊スポーツ新聞北海道本社/現・北海道日刊スポーツ新聞社)が、歌詞コンクールを主催したの。それに入賞すると、プロの作曲家がその歌詞に曲をつけるっていう企画があったんだ。

 最初の「兄弟船」の歌詞は、北海道で育った木村正之さんっていう一般の方。木村さんの詞が佳作をとって、船村先生が歌をつけたみたい。

――どんな歌詞なんですか?

鳥羽 「♪はるか国後 船から見える 今日も兄貴と 網を引く~」っていう詞。木村さんは道東出身の方で、根室の漁師さんを想って書いたそうだよ。

「最初はこの『兄弟船』はデビュー曲でも何でもなかったんだ」

――国後って、北方領土ですよね?

鳥羽 そう。道東の海の男を歌ったいい歌詞なんだけど、歌詞の中に「国境線」とか「島におやじも帰りたい」という言葉も出てくるから、当時、問題になっていた日本漁船の拿捕とか、ロシアとの領土問題を連想してしまう。

 それで、デビュー曲にしては政治的すぎると。それで木村さんから「兄弟船」のタイトルを譲り受けて、全く違う詞を改めて星野先生が書いたって聞いているよ。

――つまりタイトルとメロディーは残して、詞はがらっと変えたんですね。

鳥羽 授賞式では木村さん作詞バージョンで俺が歌ったんだけどね。今でも、北海道の根室では、地元の人たちが元の木村さんの歌詞のほうで歌っているんだって。俺も北海道のコンサートでは木村さん版で歌うことがあるよ。ただ、最初はこの「兄弟船」はデビュー曲でも何でもなかったんだ。