――昔はちょっと嫉妬されたこともあったかもしれませんが、今、鳥羽さんにとっては弟の山川さんはどんな存在ですか?
鳥羽 そりゃあ感謝しているよ。なんたって、この業界に入れたのは弟のおかげだからね。先生のプライバシーを暴露してくれたから!(笑) その後、いろいろなことがあったけれど、この世界で兄弟たちに支えてもらって、それで俺は頑張ってこられたんだよね。
――先ほどマネージャーの方からお聞きしたんですが、その弟の山川さんを含めご兄弟たちは、「家は貧乏だったけれど、兄貴が中学出て、マグロ漁船に乗って俺たちを食べさせてくれたから今の自分たちがあるんだ」って、鳥羽さんにとても感謝されているそうですね。
鳥羽 いやあ……うちは兄弟、仲良かったからね。それでうちの子供たちもやっぱりね、兄弟で仲がいいのかな。仲がいいのは救われるね。
「立派な男になりたいならマグロ漁船に乗って、南緯45度の荒波を越えてこい!(笑)」
――しつけは厳しくても、愛情は伝わっていたんでしょうね。ところで、鳥羽さんは海の事故で親を亡くした子供を支える「海難遺児チャリティー・コンサート」はもう40年近く続けられているとか。
鳥羽 交通遺児は知られているけれど、海の事故も多いんだ。やっぱり俺だって、たくさんの人に支えられてここまで来た。生きている間に社会に恩返しがしたいからね。それと保護司(犯罪を犯し釈放された人を見守るボランティア)も続けているよ。
――ご自身のお子さんだけではなく、つらい立場の子や道を踏み外した若者にも手を差し伸べているんですね。
鳥羽 最近もね、九州で暴走族をやっていた、人に迷惑ばかりかけるどうしようもない若者がいたの。彼の親が困って俺に相談してきたから、そいつに「お前、マグロ船に乗ってこい! 紹介するから」って言ったんだ。そしたら最初は「勘弁してください」なんて言うんだけど、後日、「乗ります」と連絡が来てさ。
――このままじゃいけないと思ったんでしょうか。
鳥羽 ああ、それで鹿児島の知り合いのマグロ漁船に頼んで乗せたんだ。そしたら1回で泣いて帰って来るかと思いきや、翌年も乗ってなんと2年間もインド洋に行ったんだよ。
――2年後、彼はどうなりましたか?
鳥羽 いやあ、それはもう見事な男になって帰ってきたんだ。海の上で、男の辛さも優しさもすべて学んだんだな。インド洋を通るマグロ漁船は大変なんだ。漁場は南極近いし、体感温度は低く、年中しけている。ああ、嫌だと思っても降りられない。だからこそ、耐える力がつくし、仲間との信頼関係やチームワークも必要だよね。
――人間が磨かれるんでしょうね。
鳥羽 ああ、そうだ。彼は地元に戻っても、一緒に暴走していた昔の仲間とは一切遊ばなくなった。男としてもはや次元が違うんだ。今は親を大切にするし、牧場で働いたりして、必死に人生を立て直そうとしている。乗る前と後じゃ、目の輝きが違うよね。
――最後に鳥羽さんから若者に一言、お願いします。
鳥羽 立派な男になりたいなら、マグロ漁船に乗って、南緯45度の荒波を越えてこい!(笑)
――貴重なお話、ありがとうございました。
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