私と簡単な挨拶を交わすと、エティーリは通路の奥にある小さな雑貨店に向かった。どうやら店主は古くからの友人らしく、スワヒリ語で雑談をしながら、時折、自らの太ももを叩いて笑う。

 向かいの古着屋では、その友人の奥さんが色褪せたTシャツやジーンズを整理しながら、夫である友人に何やら大声で話しかけている。

 その2つの店の間を、幼い娘が行ったり来たりしながら無邪気に遊んでいた。そんな微笑ましい日常の一コマに、エティーリは自然に溶け込んでいた。

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 友人と別れ、通りに出てからエティーリに質問をした。

「さっき、友達と何を話していたの?」

「ん? なんでもないよ。数カ月ぶりに地元に帰ってきたから。最近、商売はどうかとか、他の友達はどうしているかとか」

「友達は誰も駅伝を知らないし。日本がどこにあるのかもちゃんとわかってない」と驚きの発言

「箱根駅伝のことは話さなかったの? 区間新記録で走ったんだって」

「えー、話さない。僕が日本で走っていることは知っていても、友達は誰も駅伝を知らないし。だから、箱根駅伝って言っても伝わらない。そもそも、日本がどこにあるのかもちゃんとわかってないと思うし」

 返答を聞いて、私は自分の質問がいかに的外れだったかを思い知った。彼の説明は、私にとって新鮮な驚きであると同時に、よく考えてみれば当たり前のことでもあった。

 そうなのだ。ここニャフルルでは、陸上関係者を除けば、駅伝という競技の存在は知られていない。マラソンやトラックで走る5000メートル、1万メートルは理解できても、複数の選手が襷を繋いでゴールを目指す競技があることを知る住民はほとんどいない。

 まして、日本という遠い国で正月に行われる大学生の駅伝大会など、この町の人々にとっては想像もつかない世界の話なのだ。