マーケット・コンプレックスの外には、ニャフルルの町の素朴な風景が広がっていた。メインストリートこそコンクリートで舗装されているものの、その他の道はほとんど手つかずで、道路の両脇は赤土がむき出しになっている。車が通ると土埃が舞い上がり、その度に顔をそむけなければ、目に砂が入ってたちまち真っ赤になってしまう。

 道沿いには商店が点在し、至るところに現地のモバイル送金サービスであるM-PESAの看板が目立っていた。軽食を取れる小さな食堂、似たようなリュックを軒先に吊るしたカバン屋、オレンジやバナナなど色とりどりの果物を売る露店。

 そんな喧騒の中を歩くエティーリに、誰も特別な視線を向けることはない。まさか彼が、わずか2週間前に日本の国民的スポーツイベントで大活躍をしたランナーだとは、誰も思わない。

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写真はイメージ ©アフロ

「説明してもなかなか伝わらない」日本での活躍に対して、家族の反応は…

 歩きながら、再びエティーリに尋ねた。

「日本での活躍を、家族には話すの?」

「もちろん。お母さんは僕が日本で走っていることを喜んでくれているから。でも、箱根駅伝がどんな大会なのか、区間新記録がどれくらいすごいことなのかは、説明してもなかなか伝わらない。だから話すのは、順調だということだけ。お母さんにとって大切なのは、僕が元気で、ご飯を満足に食べられていて、家族にお金を送ることができるということだから。僕もそれで十分なんだ」

 彼の言葉には、迷いはなかった。その状況に葛藤している、という様子もない。日本での栄光と故郷での日常の間にあるギャップを、彼は特別なこととして捉えていない。翌日、彼の実家を訪ねて目にした光景が、その言葉の重みを教えてくれた。

次の記事に続く 「高校までずっとサッカー部だった」ケニア人留学生は、なぜ箱根駅伝“花の2区”で区間新記録を樹立できたのか? 取材でわかった驚異的な記録を叩き出す“理由”

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