毎年のように、箱根駅伝のエース区間「花の2区」の区間記録を更新するケニア人留学生。正月のテレビ画面越しに、彼らの活躍を見続けてきた私たちだが、彼らがケニアではどういう暮らしをしていて、どうやって日本に来て、そして卒業後に何をしているのかについては知らないことばかりだ。
ここでは、そんなケニア人留学生の謎を追ってアフリカの大地を訪ね歩いたノンフィクションライター・泉秀一氏の著書『アフリカから来たランナーたち 箱根駅伝のケニア人留学生』(文春新書)より一部を抜粋。2025年に箱根2区で区間新記録を樹立した、東京国際大学のリチャード・エティーリ選手の素顔を紹介する。(全3回の3回目/1回目から読む)
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「ようこそ、我が家へ」別格の存在感を放つエティーリの家
デコボコとした土の上を15分ほど歩いた先に現れたエティーリの実家は、遠くからでも一目でわかるほど、周囲の住宅とは異なっていた。ケニアの田舎町では珍しい、コンクリート造りの立派な平屋建ての家が、緑豊かな土地にどっしりと構えている。
日本の一般的な一軒家ほどの大きさで、ケニアの田舎の住宅としては破格の規模だ。木や土で作られた簡素な家が点在する中で、エティーリの家だけが別格の存在感を放っていた。特に目を引いたのは、屋根の一部に設置されたソーラーパネルだ。停電が日常茶飯事のケニアでは、環境対策というより停電対策としての意味合いが大きい。
しかし、ソーラーパネルを設置できる家庭は限られており、食費や学費の捻出さえ難しいこの地域の経済水準から考えると、かなり裕福な家であることがわかる。ニャフルルのような田舎町においては、間違いなく豪邸と呼んで差し支えない代物だった。
「ようこそ、我が家へ」
エティーリが誇らしげに案内してくれる。家の中では母親と妹の幼い息子が私たちを迎えてくれた。2歳になるという男の子は楽しそうにリビングを走り回り、愛らしい表情で足にしがみついてくる。



