年収にして35万円程度で、私が取材の中で関わったタクシー運転手やランナーたちの知人の感覚とも、こちらの方が合う。

 この数字を元にすれば、エティーリはおよそ平均年収の11年分をキャッシュで支払ったということになる。日本の大学生が、5000万円の家を現金一括で購入するのと同じようなことを、エティーリはケニアで実現しているのだ。

「雨の日も大変だった。屋根から雨漏りがひどくて」7人家族が暮らしていた昔の家は…

「昔の家も見てもらいたい」

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 エティーリが家の裏手に案内してくれた。そこには、かつてエティーリ一家が暮らしていた家があった。今の立派な家の裏庭に、木でできた掘立小屋のような建物が残っていた。スペースは6~8畳程度。床は土がむき出しのままだ。細い木の板がつなぎ合わせられた壁には隙間が目立つ。

 ここで母親と6人の子どもの7人家族が暮らしていたとは、想像しがたい状況だった。きっと冬場は寒かったことだろう。標高2300メートルの高地にあるニャフルルでは、朝方は冷え込む。冬は10度を下回るほど冷えることもあり、ダウンジャケットが必要な日もある。

「雨の日も大変だった。屋根から雨漏りがひどくて、みんなで寄り添って寝ていたんだ。びっくりするかもしれないけど、これでも一度、改築したんだよ。もっと前は壁が木じゃなく泥だった」

 現在は、飼育している鶏の小屋として活用されている昔の家の中でエティーリの説明を聞きながら、新しい家との対比を眺めていると、彼の人生がどれほど劇的に変化したかが実感できた。

エティーリのかつての家。今は鶏小屋として使っている(写真=『アフリカから来たランナーたち 箱根駅伝のケニア人留学生』より)

彼女のためにエティーリが自費で購入したもの

 ケニアの中でも貧しい環境から、走る才能を開花させ、日本の大学で学びながら「働き」、家族にこれほどの豪邸をプレゼントするまでに至った。まさにケニア版のアメリカンドリームと呼ぶべきサクセスストーリーがそこにあった。

 家の中に戻ると、エティーリの母親が食事を用意してくれていた。食パンに、キャベジと呼ばれる千切りにしたキャベツの炒め物。それに、ミルクティーがテーブルの上に並べられていた。ありがたくいただきながら、エティーリの彼女の話になった。