かつては陸上選手だったが、怪我をしてしまってランナーとしてのキャリアを終え、今は商店で働いているという。そのお店もエティーリが自費で購入したとのことだった。若い女性の働く場所としてはファッション系のお店が人気だが、安定的な需要を考慮して、土木関係で使用する資材を販売するお店にしたという。

 彼女と会えるのは、年に2回のケニア帰国時のみ。箱根駅伝が終わってから春に大学が再開するまでの2カ月半の間と、7~9月の間に帰国するタイミングだけだ。それ以外は故郷を離れて、日本で他の日本人学生ランナーたちと練習に励んでいる。

ケニアの若者たちにとって「走ること」は家族を貧困から救い出す「職業」

 エティーリの豪邸を見ながら、私は改めて「走ること」がケニアの若者たちにとって何を意味するのかを考えていた。それは単なるスポーツではない。医師や弁護士と同じように、家族を貧困から救い出すための「職業」だ。

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 ケニアの田舎で生まれた若者が経済的成功を収める方法は、極めて限られている。高等教育を受けるには多額の学費が必要で、そもそもその学費を工面できる家庭が少ない。

 エティーリの家族のように、1日1食しか食べられない日があるような状況では、教育投資は現実的ではない。そんな中で「走る才能」は特別な意味を持つ。学費も設備投資も必要なく、自らの2本の足だけで、家族の生活を一変させる可能性を秘めているからだ。

写真はイメージ ©アフロ

 まだ21歳の大学生ながら、母親に豪邸をプレゼントし、毎月の生活費を送金し、恋人のために店舗まで購入する。日本の一般的な大学生では考えられない親孝行と経済力である。大学時代、親に学費を出してもらいながらまともに授業にも出ておらず、将来の心配ばかりかけていた自分と比較すると、よりエティーリへの尊敬の念が増してくる。

 しかし同時に、ある疑問が湧いてくる。

 エティーリはまだ学生の身分のはずである。一体どのようにして、これほどの資金を手にしているのだろうか。

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