小島は、淡々と言う。この件に関しては、取り調べでも一貫して両者の意見が食い違っているため、私が今さら真実を追求しても仕方ないだろう。どこまでいっても平行線だ。

 しかし驚くことは、もう一つあった。小島は、私が岡崎の家に取材へ行く前、祖母に書留でその旨を伝えていたというのだ。わざわざ書留で送ったのは、本人が確実に受け取ったことを確認するためである。そして実際、小島は郵便局に問い合わせて祖母が受け取ったことを確認した。つまり祖母は、私が取材に行くことをあらかじめ知っていたのである。

──おばあちゃんは、私にそんなこと何も言ってなかったよ。本当に手紙を読んでいたのかな?

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「それが“無駄に重ねたわけではない年寄りの知恵”ってやつですよ」

──どういうこと?

「私が釘を刺しといたから」

──「いいことを言え」って言ったの?

「え? いや、本当のことを言ってくれって言ったんです。ふざけたことを言うなと。調書ではでたらめなことばかり書いていたから」

──……複雑でよくわからない。

 私は頭が追いつかず、その日は逃げるようにして面会を終えた。

 小島とその家族、どちらかが確実に噓をついていることになる。けれど、その噓に何の意味があるのかさっぱりわからない。

 その後の小島の話では、祖母は1カ月以上経っても、その手紙に返事をくれないという。孫を想う気持ちを語る一方で、やりとりを拒否しているということなのか。

祖母と母親を恨み、父親を高く評価する不可解

 小島は祖母の噓について、「私のことを生き甲斐などと言うのは、メディアに対して、自分の印象をよくしようとする『無駄に重ねた訳ではない年寄りの知恵』」(2019年7月28日)だと手紙に書いてきた。

 しかし、自分の印象を良くするためにわざわざ取材に応える意味などあるだろうか!?

 さらに母親の「噓」についても、こう指摘する。

「中学生の頃、たしかに冷蔵庫や炊飯器には食べ物があったが、しかし、食べようとすると、父方の祖母が包丁を振り回して、『食うな』とやるから食べられなかったのです。父方の祖母が私に包丁を振り回していたことは、父の調書にかなり控え目でありますが書かれております。だから私は父が家族の中で一番好きなのです。なぜなら、正直者だからです。(中略)〔母は〕自分は何も知らなかった、と言い訳して責任を回避しようとしているとしか思えないのですが」(2019年8月7日)

 確かに母親は、小島が家でご飯を食べさせてもらえなかった事実を“まったく知らなかった”わけではないのかもしれない。けれど、どこまで深刻な状況だったかまでは知らないのではないか。蛙や猫じゃらしを食べていたという話は、私にも想像ができない。

 小島は、祖母と母親に怒りを向けているようだったが、私には息子と縁を切った父親のほうがよほど憎むべき相手に思える。どうして祖母と母親を恨み、父親をここまで高く評価するのか。このときの私にはまだ、小島の心情を理解することはできなかった。

次の記事に続く 「子どもがサッカー選手になりたいと思うのと同じ」無期懲役を“希望”と呼ぶ男が語った、あまりに身勝手な“犯行論理”とは

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