「常に何かを警戒している」「イヤな男だな」子どもの頃の父親の記憶

――お父様が、梶原さんを娘として可愛がるようなことは?

梶原 いえ、ほとんどありませんでした。

――抱っこされたりも?

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梶原 あまりなかったですね。いつもピリピリしていて神経質な人で、「イヤな男だな」と思っていました。常に何かを警戒しているような雰囲気で、陰気くさいというか。

 漫画で描くなら、黒いオーラが出ているような感じです。あと、ひたすら体を鍛えているのも、気持ち悪いと思っていました。「何のためにこんなに鍛えているんだろう」って。

――お父様に対しては、幼い頃からあまり良い印象はなかったのですね。

梶原 「イヤだなあ」とずっと思っていました。4歳くらいまで、彼のことを「コロボックル」だと信じていたんです。当時、コロボックルの絵本が流行っていて、母が好きでよく読んでくれていたんですよ。

 その絵本に「心のきれいな人にしか見えない」と書いてあったので、「ああ、家にいるこの人は私と母にしか見えない特別な存在なんだな」と。

 でも、絵本のコロボックルはもっと小さいし、可愛らしい見た目なのに、家にいるコロボックルはずいぶん大きいし、陰気くさいなとは思っていました(笑)。

 

誰も家に呼んではいけなかったし、家がどこにあるのかも教えてはいけなかった

――なんとなくコロボックルは体を鍛えるタイプじゃないような気がしますしね。友達の家に遊びに行くことで、親や家族に対してなにかしらの違和感を覚えることは?

梶原 よその家のお父さんを見ると、「ああ、普通のお父さんってこうなんだ」と。みんな陽気で、「よく来たねえ」ってお菓子を出してくれたり、「うちの子と仲良くしてくれてありがとうね」なんて言ってくれたり。

 うちは誰も家に呼んではいけなかったし、家がどこにあるのかも教えてはいけなかったので、友達の家に招かれているのに、そういったお返しができないのが申し訳なくてイヤでした。

――小学校の家庭訪問などはどうしていたのですか。

梶原 「家」という設定のアパートを別に借りていました。家庭訪問で先生が来るときや、私の誕生日会を開くときは、そのアパートを本当の「家」のように見せていたんです。

撮影=山元茂樹/文藝春秋

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