「おかえり」「お仕事おつかれさまでした」父親と母親が毎日行っていた“変な夫婦プレイ”とは?
――家にいるお父様は、家事などは一切しなかったのですか。
梶原 全くしません。「暇なんだからやればいいのに」と思っていました。母が「いいよ、いいよ」と何でもやってしまうんです。だからダメ男になってしまう。
母が仕事から帰ってくると、父が部屋から出てきて「おかえり。僕もさっき戻ったところなんだ」と言うんです。それに対して、母が「お仕事おつかれさまでした」と父を迎える、という変な夫婦プレイを毎日やっていました。
――梶原さんが小学6年生でお父様の過去を知るまでは、お父様が仕事をしている“体(てい)”だったと。
梶原 小さい頃は「?」でしたけど。途中からは「うわ、キモっ。またやってるよ」と冷めまくった目で見ていましたね。
――お父様は、家でひたすら体を鍛えているだけだったんですよね。
梶原 本当に、何のために鍛えているのかわかりませんでした。いざという時のためなのかもしれませんが。
――鍛える以外には、家で何をしていたのですか。
梶原 テレビはあまり見ませんでしたが、時々2時間ドラマを熱心に見ているときは、だいたい石橋蓮司さんや蟹江敬三さんといった昔の役者仲間が出演していました。「もしかしたら俺だって、こんなふうに出ていたかもしれないのに」という思いで見ていたんじゃないですかね。
「ボストンバッグを常に枕元に置いておく」逃亡生活中の梶原家の掟
――「ボストンバッグを常に枕元に置いておく」という、梶原家の掟もあったそうですね。
梶原 着替えやお金が入っている、いつでも逃げられるためのバッグです。でも、私のバッグだけ中身が漫画だけでした。
――どんな漫画を?
梶原 そのときに読んでいる漫画です。『カムイ外伝』とか。読みかけの漫画の続きを入れ替えていました。いきなり逃げることになっても、続きが読めないと困りますから。
――「みんなで逃げるときのため」とボストンバッグの説明をされていたそうですけど、疑問に感じませんでしたか。
梶原 それが、変だと感じないものなんです。他の家の人が寝るときに何をしているかなんて知りませんから。「地震用?」と一度聞いたことがありますが、「いや、別に」とだけ。
――家には、警察などが踏み込んできたときにお父様が逃げ込むための隠し部屋もあったそうですね。
梶原 一見、ちょっとした倉庫に見えるんですが、外から見た奥行きと中に入ったときの奥行きが明らかに違うんです。壁を押してみたら、その奥に部屋がありました。そこは私の秘密基地になっていました。
子どもって、そういう狭い空間が好きじゃないですか。だから、ツリーハウスみたいな感覚で、缶詰なんかを運び込んで楽しんでいました。
後々になって、本当に刑事と警官が家に来ることになるんですけどね。
撮影=山元茂樹/文藝春秋
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