南極地域観測隊は昭和基地をベースに観測や研究を行う。そこではどのような生活を送っているのか。第66次南極地域観測隊長を務めた原田尚美さんは「通信衛星回線が発展したことでSNSやYouTubeは不自由なく使えるようになった。一方、食材の調達は昔と変わらず最も悩ましい事案だ」という――。

※本稿は、原田尚美『南緯69度のチーム 南極地域観測隊』(WAVE出版)の一部を再編集したものです。

写真=Wikimedia Commons 昭和基地の看板(写真=安生浩太/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons) - 写真=Wikimedia Commons

忘れ物をしても取りに戻れない絶海の大陸

命の危険と隣り合わせの観測、地吹雪の中で過酷な力仕事をこなす設営、毎日が予定通りにいかない南極での仕事を支えるのは日々の生活です。観測隊のそれぞれの目的を達成するためには生活の基盤をつくることが大切です。

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昭和基地への燃料や食材、観測や建築資材、部品などあらゆる物資の補給は年に一度、南極観測船「しらせ」で観測隊が到着する機会のみです。従って、この時までは限られた物資と装備で1年間、やりくりすることになります。忘れても取りに戻ることはできませんし、壊れても新たに調達はできないため、現場で工夫しながらなんとかするしかありません。

忘れ物といえば、私の場合は、第60次隊の観測に参加した際、大事な日用品の忘れ物をしてしまいました。あらかじめ出港前に「しらせ」に搭載していた衣類コンテナにも、成田空港からオーストラリア・パースへの飛行機移動の際、スーツケースで持ってきた手持ちの荷物にも、アンダーウエアと靴下が一切入っていませんでした。

「しらせ」に到着したその日に気がつき、翌日、パース市内の衣料品店で購入しました。代わりの何かで代用できませんし、人から借りるわけにもいきませんので、南極への出発前に気がついて、本当に良かったと思いました。今回は忘れることのないようにとアンダーウエアを最初に衣類コンテナに入れました。

寒いのに火傷するワケ

当然ですが、医薬品も新たに調達することができないため、医療隊員はどんな怪我や病気が多いのかを事前に把握して、例年多く処方している医薬品を準備して持っていきます。