貞操を奪う事件
昭和9年(1934)10月には熊本市に住む高等女学校を卒業したばかりの女性が、家族の貧困のため大阪の妓楼に身を売ることになったが、大阪の周旋人が前借金の一部を母親に渡して、熊本市内のある家に連れて行き、「娼妓になるには処女ではいけないから、大阪に行く前に処女を失う必要がある」と騙し、彼女の貞操を奪う事件があった(「九州新聞」昭和9年〈1934〉11月13日)。
この年は周旋人絡みで娘が服毒自殺を図るという痛ましい事件も起こっている。上益城郡出身の19歳の娘は幼い時に父親がフィリピンに渡ったため母親の手で育てられたが、生活は苦しく、母親の制止を振り切って熊本市内の料理屋で酌婦となった。だがそこに悪徳周旋人が近づき、福岡・大牟田の料亭、次に熊本・三角の料亭を転々とさせられ、気がつけば当初80円だった前借金が500円に増えていた(編集部注:初任給で換算すると、当時の1円は現代の4000円程度の価値)。そこで彼女は前途を悲観し、劇薬を買って自殺を図った。
幸い一命は取り留めたが、悪徳周旋人のために今度は熊本市内の料亭を転々とし、いつしか二本木の妓楼の娼妓になることが決まった。明日が初めての仕事という日に彼女は逃走。母親に会いに行った。しかし翌日連れ戻され、わずか3ヵ月の間に前借金は1000円以上になっていた。結局、彼女は母親にお金を渡すことができず、すべてが悪徳周旋人の手に渡っていたのである(「九州日日新聞」昭和9年〈1934〉11月20日)。
二本木で生まれ育った女性に聞くと、二本木にいた周旋人は熊本で言う「半端侠客」(侠客と堅気の中間。ごろつき)であった。
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