「きれいな着物を着て、おいしいものを食べて、ただお酒の相手でもしてればいい」

 貧しい農村を回り、そんな甘い言葉で親を説得して娘を連れ去る男たち。彼らは「女衒(ぜげん)」と呼ばれた。一見すると人好きのする「世話人」のような顔をした彼らだが、実際には娘の運命を狂わせる悪魔のような存在でもあった。

 看護婦志望の娘を遊廓に売り飛ばし、あろうことか「遊廓に行く前の儀式」と称して少女を凌辱する――。ノンフィクション作家の澤宮優氏による『かつてこの町に巨大遊廓があった 熊本・二本木の歴史と記憶をたずねて』(忘羊社)の一部を抜粋し、西日本有数の遊廓で行われていた恐ろしい手口を紹介する。

ADVERTISEMENT

◆◆◆

女衒

 娼妓となる娘を斡旋する周旋業という仕事もあった。俗にいう「女衒」である。

 前出の永谷誠一(編集部注:細川藩から時代から営まれる二本木の菓子店に生まれた男性)によれば、周旋業と墨書された看板のある“しもた屋”が戦前の二本木には10軒ほどあったという。一見すれば商家風のつくりで、入口には難しい字の看板があったから、永谷は「何をするところだろう」と不思議に思っていた。

かつては遊廓だった二本木の現在の町並み(2026年撮影)©文藝春秋

「子供のころはわかりませんでしたが、大人になって、ああいう人たちがリベートをもらって娘さんたちを遊廓に斡旋しているのだと知りました。天草や島原、阿蘇の方から連れてくるんですね」