二本木遊廓のど真ん中で、化粧品やタバコを扱っていた店があった。そこは、故郷から売られてきたばかりの少女たちが、誰にも言えない本音を吐き出せる唯一の「駆け込み寺」だったそう。 店主の女性(取材時90歳)は、店の縁側で涙を流す娘たちをなだめ、時には厳しく諭してきた。
売れっ子ゆえに性病に侵される恐怖、足抜け(脱走)の代償、そして遊廓消滅後の行方――。ここでは、ノンフィクション作家の澤宮優氏による『かつてこの町に巨大遊廓があった 熊本・二本木の歴史と記憶をたずねて』(忘羊社)の一部を抜粋し、老女が重い口を開いて語った“生々しい証言”を紹介する。
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ある老女が語った二本木
キエさん(仮名)は大正11年(1922)生まれで、平成24年(2012)の取材当時90歳だった。小学生のときから二本木に住んでいるという。
キエさんの生家は化粧品や煙草を商い、遊廓の女性たちがよく買い物に来ていた。自然と、人には言えない身の上話や愚痴や悩みをこぼすようになった。彼女も娘たちに助言したり、相談に乗ることも多かった。キエさんは店の縁側に座り、遠くを見つめるまなざしになって、在りし日の二本木の女性たちの思い出話を語り始めた―。
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小さいときから、ここにおるからねえ。
二本木のことを話すのはむつかしいです。何でも言うといけないですからねえ。だから今までは黙っておりました。だけど今回だけはお話しします。
うちは西南戦争の後からここで店ばやっとったんです。昔は貸本屋もやっとりました。それから煙草とか化粧品を商うようになりました。それで、二本木の娼妓さんがよく買いに来るようになって。
思い出すのは、遊廓に売られたばかりの娘さんですね。姉さんたちに頼まれて買い物に来るのですが、そこでよく泣いていました。
