「どうして私はこぎゃん目に遭わんといけないの? うちは百姓ばってん、借銭がだいぶあったけん、お金を戻されんごとなったとよ。だけん私が身売りされたつよ」

「うちはここに売られて来るときは、行かんと言ってだいぶ泣いたつよ」

「もう嫌、うちに帰りたか。ばってん店に借銭(前借金)を払うてもらったけん、しょんなか(仕方がない)もんな」

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 私も慰めようがないわけ。

「悲しかときはここに来て好きなだけ泣きなっせ。私はずっと聞いてやるよ。ばってんね、店とか人の前じゃ泣いたらいかんよ。いつも泣いてばかりおってもね、世の中で暮らしてゆくことはできんけんね。それでも辛かときはおばちゃんに話してね。ばってんね、あんたたちは借金のある家を助けとるとやから、親孝行しとるとばい。嘆くことはなかよ」

 と声をかけるのが精いっぱいでした。

写真はイメージ ©AFLO

売られたばかりの娘は黙っとることが多かった

 娘さんは17歳か18歳くらいで売られて来よったですね。天草、阿蘇が多かった。幼くして売られて来て可哀想でしたが、当時は仕方のないことでした。でもね、やはり娘さんたちが悲しい時は助けてやらんといけんと思いました。

 中には、私が話して聞かせても、かえって私に怒る子もいました。どんなに話しても聞こうとせん。そんな「おどか」(生意気な)娘もおった。「世の中はおばちゃんが言うようなもんじゃない、そんなふうにしても女将さんから叱られたばい」と言うわけ。でもしっかり話を聞くと、何かにつけて店の人たちに反発ばかりしよったんですね。

 彼女たちは小学校の高等科を出ていれば良かほうだから、十分に教育を受けたとは言えん。遊廓に来たばかりの娘は田舎もんで世間のことを何も知りませんから、知恵をつけてあげないと世間のことが分からんわけ。ここでは人と一緒に暮らしていかんといけませんから、人の道をきちんと教えることも大事だと思ったんです。

 売られたばかりの娘は黙っとることが多かったですが、慣れてくるとしゃべるようになった。遊廓に売られて2、3年は年が足らんから客を取れん。だから女中さんのようにお茶とか料理とか、お客へ運んでね。店に子供のおれば、子守もせんといかん。うちには毎日、煙草や何やら買いに来らした。