引退直前に百恵さんは自伝『蒼い時』(集英社)を出版。センセーショナルな内容で話題になったが、40年以上が経ち、世の中の在り方が大きく変わった今読むと、改めて驚く。書いた百恵さんにも驚くが、ここまで書くことに口を挟まなかった事務所や家族、そして三浦友和にも驚いてしまう。それほど家庭環境や三浦との交際について細かく書かれている。さらには、性の考え方も赤裸々に書かれている。
けれど「激白」や「暴露」という言葉は当てはまらない。どちらかというと、散々流されてきた玉石混交の情報に対し、自分の言葉でしか真実は伝わらないだろうから、言えることは自分で言おう、と腹をくくったイメージがある1冊である。
個人的に印象的だったのが、昔からテレビや雑誌で何度も見た、百恵ちゃんが「家計を助けるために新聞配達をした」という健気エピソードが、実は「誰かいないかと近所の方に聞かれて、夏休み、特に予定が入っていない自分が引き受けた」という理由だったというくだり。
〈後に、「家計を助けるため」という美談・根性物語になってしまったのには、私自身ポッカリ口をあけて驚くより外になかった〉
全く違った山口百恵像が勝手に作り上げられていくことに対する、苦笑のようなものが見えてくる。
長男の入園式でカメラマンに「ビンタ事件」も…
百恵さんがもし復帰してくれたら……と多くの人が望んだ「if」はやってこなかった。これは予想通りだ。しかし彼女の楽曲を、シンガーソングライターになった長男・三浦祐太朗が、令和の時代に歌い継ぐという現在地は、誰も予想していなかったことだろう。彼自身も、幼少期はかなりの「マスコミ追跡」に遭った一人。芸能界入り自体が意外だった。
百恵さんが引退して4年後に祐太朗は誕生。まだまだ「百恵伝説」冷めやらぬなか、報道が過熱。「百恵番」と呼ばれる記者が突撃することも多かったのだ。
1989年4月にはこんな事件が起こった。当時4歳だった祐太朗の、幼稚園の入園式。式が始まる前からすでに、自宅前と幼稚園前には報道関係者が集まり、その晴れ姿を狙うカメラの数は次第に増えていったという。
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