ナゾの空き地の正体は?
調べてみると、その場所には松菱百貨店があったようだ。
松菱は1937年に開店した、浜松では初の百貨店だ。昭和の昔、この周辺には他にもいくつもの百貨店やスーパーが並んでいた。
ザザシティも元は西武百貨店。少し北側には丸井があったし、松菱の南側には長崎屋。少し離れた線路沿いにはイトーヨーカドーもあった。
そのすべてがもう地図から消えてしまったが、浜松ほどの都市になるといくつもの百貨店が並び立つほどに、町の中心部は賑わっていたのだ。
宿場町の栄華も今は昔
さらに言えば、百貨店が並び立っていた時代には浜松駅も鍛冶町通りに面していた。いまでは南に移転して少し離れてしまったが、かつては駅を降りたらすぐに鍛冶町通り、そこを歩けば百貨店……という、実にコンパクトな中心市街地だったのである。
そして鍛冶町通りを東西の中心として、南には浜松座通り(現在のモール街)、北には有楽街といった歓楽ゾーンが形作られた。もちろんいまだって一定の賑わいはあるものの、百貨店全盛時代の浜松、いまよりももっともっと活気に満ちていたのだろう。
なお、鍛冶町通りを少し西に進んだザザシティの角で交わる国道257号は、旧東海道にあたる。旧東海道は浜松の東側からやってきて、連尺の交差点で南に折れてまっすぐ進んでいた。連尺の交差点の少し北には浜松城だ。
この町は城下町であると同時に東海道の宿場町でもあった。その当時からいまに至るまで、形を変えつつもほとんど同じ場所が中心市街地として栄えていたのである。
しかし、そんな時代もとうに過ぎた。他の多くの都市でもそうであるように、中心市街地の百貨店は軒並み閉店。一等地の松菱跡は更地のままで、再開発も思うように進んでいない。
さりとて78万人都市
これも浜松ばかりでなく、あちこちの都市で見かける共通課題といっていい。ありふれた言い方をすれば、“中心市街地の空洞化”というヤツだ。
それでも、浜松は78万人の人口を抱える政令指定都市だ。駅ビルのメイワンにアクトタワー、遠鉄百貨店。鍛冶町通りやその北の田町一帯、また歓楽街の有楽街と、まだまだ一定の賑わいは保っている。
さらに郊外のロードサイドには、自動車産業の町らしい新しい市街地が広がっているのだろう。




