「子ども食堂」の試みが失敗に終わったわけとは…

 ある女性はタワマンに隣接するスーパーマーケットで、小さな子どもたちがばらばらにお弁当類を購入している様子を見たという。この点が気になった女性が同じタワマンの住民たちの何人かにヒアリングすると、両親共働きで家をほとんど不在にしていて、たった一人、家でテレビを見ながら夕食をとっている子どもたちが予想以上に大勢いることを知ったという。そして、彼ら彼女らの中には、普段家族間の付き合いが皆無で、友人たちとの付き合いも希薄な子どもたちが何人も含まれていることを女性は突き止めた。

 これはよくないと考えた女性は早速行動した。タワマン内にある共有スペースを使用して「子ども食堂」を始めたのだ。従来の「子ども食堂」は、貧困家庭に育つ子どもたちの支援的な場として機能しているが、この場合はもちろんそうではない。あくまでも周囲とのコミュニケーションがほとんどない孤立した子どもたちを一堂に集めて「食卓」を囲めば、タワマンで構築された人的つながりの中にその子どもたちを新たに迎え入れることができる。つまり、この子ども食堂をきっかけにして、彼ら彼女らを仲間に引き込むことを主たる目的にしたのである。

 ところが、である。

ADVERTISEMENT

 この「子ども食堂」の試みは完全に失敗に終わったと女性は語る。

「夕食のときに誰とも顔を合わさず、子どもが一人で黙々と食べている光景を想像すると何だか寂しいじゃないですか。そう思って子ども食堂をスタートさせたのです。でも、わたしがターゲットにする子どもたち、来てほしいと思っている子たちは誰も顔を出さないのです。子ども食堂のお知らせは確実に伝わっているはずなのに……。そこに来るのは、普段からつながっているご家庭の子どもたちばかり」

 そして、女性はある「真実」に気づいてしまい愕然とし、同時に虚しさを覚えたという。

「わたしが当初ターゲットにした子どもたちは、そもそも一人きりで夕食をとることに慣れきっていて、それを別に寂しいとは微塵も感じていない。むしろ動画を見ながら自由にしていられる時間を手に入れているのかもしれない……そういうことに気づいてしまったのですよ」

 この話でわたしが再確認させられたのは、ネオ・ネグレクトとはそれを受けている当人も、それと自覚しづらい性質を持つ点である。

 それでは、このように親同士との関係性が構築できなかった人、近隣住民との付き合いが希薄な人がネオ・ネグレクトの当事者になるのだろうか。

 事はそれほど単純ではない。親が集団でネオ・ネグレクトの行為に加担することが中にはあるという。

次の記事に続く 「『放牧』なんて言っていましたね」夜の公園で子供を放置、親はファミレスで飲み明かす…タワマン街で“集団ネオ・ネグレクト”が起きてしまう“事情”