全国には数多くの全寮制、あるいは一部寮制を導入している私立中高一貫校がある。
たとえば、特定のスポーツのスキルを強化するために、いわゆる「強豪校」で寮生活を送るような子どもたちの話は聞いたことがあるだろう。
しかし、そういう特殊なケース以外にも、あえて親元からわが子を離し、中高生活を寮で過ごす子どもたちも大勢いる。
その子のタイプにもよるけれど、わたしは寮生活で心身共にたくましく成長を遂げた自塾の卒業生たちをこれまで何人も見てきているので、寮制について否定的な立場ではまったくない。
しかしながら、話を戻すと、わが子に何のビジョンも描かず、「中高は寮で過ごしてほしい」と口にするタイプの親がなぜかこの数年で急増しているように思えてならない。誤解を恐れず申し上げると、「わが子が邪魔である」という親の思いが透けて見えるような場面に出くわすことがよくあるのだ。
そういう面談対応をするたびに、ああ、この親は平生ネオ・ネグレクト行為をわが子にしているのだろうなと感じさせられる。
ネオ・ネグレクトの親が反省するとき
そういえば、ずいぶん前にこんなことがあった。このエピソードを四つ目の事例として紹介したい。
わたしは知人経由で、ある男性の「子育て」相談に応じたことがある。わたしは「子育て」の専門家ではなく、中学受験塾の講師だと最初は遠慮したのだが、どうしても話を聞いてほしいという。
夫婦共働きの家庭で、何かと忙しいという事情があったため、わが子は幼いときから保育園に預けるだけでなく、それ以外の時間帯にも「習い事」を詰め込むことで、仕事に専心できる時間を捻出していたらしい。
結果として、その男性はわが子とあまり触れ合わぬまま時間が経ってしまい、小学生になる子とどう接すればよいのかが皆目わからないし、何より子どもの本心が理解できないらしい。
このように、小学生になったわが子との意思疎通に苦慮するという経験が、それまでの親としての在り方を反省させられるきっかけになったのだろう。
わたしはそのときに上手く返答できたかどうかは覚えてはいないが、親としての自分の姿を客観視できているため、きっとその後の親子関係に改善が見られたに違いないと思っている。
