八雲は同胞である欧米人の無理解を批判し、芸者たちの尊厳を守ろうとしているのだ。これは単なる風俗の記録ではない。お座敷という空間で、八雲は芸者たちの「本当の声」を聞こうとしていたのだ。

そして、八雲は華やかなお座敷の裏にある彼女らの悲劇について記していく。とりわけ、八雲が怒りを隠さないのが次の文章だ。

芸妓の経歴は奴隷として始まる。貧窮な親から綺麗な子を契約の下に買い受けて、18年、20年ないし25年間も、買主は彼女を使用する権利がある。

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「若くて死ぬる場合を除けば」に込めた残酷さ

そして、芸妓の修業や身請けの話を記していく八雲だが、その筆を途中でとめてこう記すのだ。

彼女の経歴の話を、この点で、私どもは打ち切ろう。これから後の彼女の物語は、彼女が若くて死ぬる場合を除けば、往々不快なものになりがちだからである。

八雲は「書かない」ことで、逆に悲劇の深さを示している。

「若くて死ぬる場合を除けば」この一文にはとてつもない重さがある。

若くして死ぬことが、むしろ「幸運」だと暗に語っているのだ。芸妓として契約期間を終えた後、彼女たちに何が待っているのか。身請けされて幸せな結婚ができる者はごく一部。多くは年齢を重ね、容色が衰え、客が減り、借金が膨らみ、最終的には遊女として売られていく。あるいは病に倒れ、誰にも看取られずに死んでいく。

八雲はそうした「その後」を知っていた。だからこそ、「若くて死ぬる場合を除けば」と書いたのだ。若さを保ったまま、まだ夢を抱いていられるうちに死ぬこと。それが彼女たちにとっての「救い」になってしまう社会。その残酷さを、八雲は一文で表現している。生き延びた先に待つ運命は、それよりもさらに過酷だということである。

「忘れ去られていく者たちの物語」を書き残す

シンシナティで八雲が記したジュリア・エグナーの悲劇と、ここでの芸妓の悲劇は響き合っている。場所も時代も異なるが、八雲の視点は一貫している。「社会から見えなくされた女性たちの悲劇」を記録することである。