元少年ヤクザで現在も現役のある人物は、小声で、「何度か入れ墨を彫っているうちに、若いころ彫ったところは小さくしていってるんです」と打ち明けた。

 1982年夏。少年ヤクザとつきあっている、と言っていた16歳少女の案内で、私と編集者、カメラマンが歌舞伎町を流すことになった。

 屋上から見おろすゴジラから、通称「ゴジラビル」とも呼ばれる東宝会館は、以前、コマ劇場と呼ばれる歌舞伎町の中心地だった。

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 そのコマ劇場付近で喧嘩がはじまった。白いエナメル靴をはいたパンチパーマの若い男が、サラリーマンを殴りつける。サラリーマンも殴り返そうとするがパンチが空振りして、かえってパンチパーマを怒らせることになり、ネクタイを引っ張られると地面に引きずり倒された。ヤクザの手慣れた技が炸裂する。白いエナメル靴が倒れたサラリーマンの顔めがけ、何度も蹴られる。薄ら笑いを浮かべてなおも蹴る。サラリーマンは顔中から真っ赤な血を流し、悲鳴をあげた。

「写真、写真!」

 少女がシャッターチャンスだとカメラマンに教えるのだが、アイドルや新車を撮っているカメラマンは、カメラを肩にぶら下げ、あらぬ方をむいたままだ。

「警察!」

 誰かがさけぶと、パンチパーマは野次馬のなかに紛れ、消え失せた。

 少年ヤクザとつきあっている、と告白したあの少女は、その後、どうなったのだろう。もう還暦を迎えるころだが。

手当たり次第の捜査でも犯人はわからず

 2023年4月。私は『歌舞伎町アンダーグラウンド』(駒草出版)という書き下ろし本を世に出した。1980年、24歳で物書き稼業についてから43年。気がつけば、歌舞伎町はホームグラウンドになっていた。今回の書き下ろしで、歌舞伎町ディスコ殺人事件についても考察してみた。ついに迷宮入りとなった本事件は、現在なら時効も成立せず、捜査中になるのだが、法律改正前の事件だったために、時効を迎えてしまった。生き残ったほうの少女の証言をもとにしても、共犯者の存在は確認できなかった。

 単独犯の犯人は、ゲームセンターから二人の少女を乗せて迷うことなく千葉県にむかっている。千葉県に土地勘がある、あるいは地元の青年か。生き残った少女は犯人の年齢を「25歳くらい」と証言していた。

 14歳の少女にとって二十代の男は、かなり上に見えるはずだ。ということは、クルマの免許をもっている18歳以上25歳未満あたりではないか。

「関東近郊の自宅で親と同居するお坊ちゃんタイプの遊び人」という匂いがしてくる。

 ディスコで遊びやすいポロシャツにズボンというスタイルは、ふらりとナンパ目当てにやってくるタイプだろう。スピードの出る国産車を乗り回していた犯人は、クルマを自宅の車庫に入れて、歌舞伎町に繰り出す若者ではないか。