早稲田大の研究室から「救いの手」が

「NHKが我々を追いながら取材をしてくれてね。『新日本探訪』という番組で放送してくれたんですよ。再放送もして、結局3回も放送してくれたの。田舎の友だちから電話がきましたし、会ったこともない人から励ましの手紙がいっぱい届きました。いろんな大学から『まちづくりのノウハウを提供できます』と連絡ももらいましたよ。そしたらね、増田先生が声をかけてくれたんです」

再開発の立役者である笹野さん(右)と増田さん(左)。今も交流が続いている

 番組の反響は大きく、同じ新宿区にある早稲田大学からも連絡が入る。それが理工学総合研究センターに所属する研究者、増田由子さんだ。西富久地区の再開発における、もう一人のキーパーソンである。

 増田さんは当時、子育てを終えて大学院に再入学し、高齢者問題を中心に都市のバリアフリー化などに取り組んでいた。大学の前にあったラーメン店の店主からも、この西富久の窮地を聞いていたという。

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取材は笹野さんの自宅にて、再開発の記念誌を見ながら当時の話を聞いた

「ラーメン屋さんは新宿区のラジオ体操の会の中心人物で、『まちづくりをやっているなら、富久町で困っている人がいるよ』と支援を頼まれたんです。それで連絡し、笹野さんをはじめ町内会の役員の方とお会いしました」」(増田さん)

 早稲田大学は富久町からそう遠くなく、行き来しやすい距離にある。笹野さんは、町会長らと話し合い、増田さんの研究室に支援をお願いすることに決めた。町会で勉強会を開き、増田さんに講義をしてもらうなど、住民が参加して少しずつ前に進み始めた。

次の記事に続く スーパーの屋上に、戸建て住宅がズラリ…世にも奇妙な“空中住宅街”が、かつて“再生不能の町”と呼ばれた『都内の一等地』に爆誕した裏事情

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