『夜は終わらない』で読売文学賞を受賞
――今年は他に、『夜は終わらない』(2014年講談社刊)で読売文学賞を受賞されましたよね。これは物語の迷宮を彷徨う醍醐味が味わえる一冊です。男を食い物としては不要になると殺してきた玲緒奈という女性がいるんですが、彼女は殺す前に必ず「お話を聞かせてよ」と言う。そこで男が物語を語り出すという、現代日本版『アラビアン・ナイト』です。
星野 『夜は終わらない』は、その前に書いた『俺俺』(10年刊/のち新潮文庫)や今回の『呪文』と逆方向を向いていますよね。『俺俺』が陰惨な小説だったのでもうちょっと楽しい世界に入りたいと思って、たまたま手に取ったのが『アラビアン・ナイト』だったんです。
で、読んだら面白くて面白くてしょうがなくて、物語ってこんなになんでもありなんだってことを改めて感じたんです。『俺俺』が非常にネガティブな現実を直視した作品だったから、今度はもう自分の好きなことだけにどっぷり浸かって物語を紡いでいこうと思ったんです。
――『アラビアン・ナイト』は王様に殺されないよう女性が夜ごと話を紡ぐわけですが、『夜は終わらない』では男女が逆転していますよね。しかもシリアル・キラーの女性、玲緒奈がなんとなく実在の事件の女性を思わせるという。
星野 はい。『アラビアン・ナイト』の定型の力を無効にして、現代日本で意味のあるものにするために、性差の役割を逆にしました。でも女性が男の人を監禁して、物語を語らせ、つまらなかったら殺しちゃうということは現代においてありえるのかな、と困ってしまい、新たな構図を探していたんです。その頃にとある事件を見たら、自分が考えていたことそのままじゃないかと思って。女の人が男を監禁するというのは物理的な力の関係上難しそうに思えますが、やろうと思えば実現できるという格好の例でした。
――そして物語では、最初の男性のお話が結構面白かったのにあっさり殺されちゃって(笑)。
星野 (笑)。そこが難しいところでねえ。失敗したら本当に殺されるということを示すために、最初の男性は殺されなくてはいけない。でも最初の話がつまらなかったら読者に放り出されてしまうので、それなりに面白くしなくちゃいけなくて、微妙なところでしたね。僕も若干、これで殺されるのはかわいそうだよなと思いながら、でも玲緒奈には玲緒奈なりの理屈があって殺すことにしたわけです。
――彼女の興味を引くことに成功した男は、毎晩毎晩語っていくわけですが、ある物語に登場する人が別の物語を語って、その物語の登場人物がまた別の物語を……と、入れ子状態になって連なっていくんですよね。
星野 『アラビアン・ナイト』も、話が途中なのにその中の登場人物が急に別の話を始めちゃって、さらにその中の登場人物がまた話し始めて、最初の話がまだ決着ついていないのにどんどんずれていってしまうところが、自分も読んでいてたまらなく楽しかったんです。裏切られる楽しさもあったし、楽しみがずーっと引き延ばされていくような感じもあって。実際、結構盛り上がっているお喋りって、話がどんどん移っていっちゃったりしますよね。そういう高揚感みたいなもの、語り続けること自体の至福みたいなものを突き詰めてみたかったんです。もちろん『アラビアン・ナイト』ですから、絶対に続きを聞きたくなるように結末を先延ばしするのは、殺されないための戦略でもあるわけです。