『呪文』と『ロンリー・ハーツ・キラー』と『無間道』の関係について
――呪文というタイトルも「クズ道というは死ぬことと見つけたり」という言葉だけでなく、ヘイトスピーチの雑言などこの社会に蔓延するいろんな呪いの言葉という意味を感じますよね。ただ、唯一救いがあるのは、一人、商店街で暮らしながらもどの集団にも属そうとしない存在がいるところですよね。
星野 商店街の流れに流されもしなければ染まりもしないんだけれども、といって流れに徹底抗戦するような強靭な偉人みたいな人間ではない。一見すればどこにでもいそうな普通の商売をしている人です。そういう人が流されないでただそこにい続けるということが、特別なことでもすごく強いことでもなく普通のことで、実は誰にでもできるんじゃないかと思ってもらえれば、いいなと。
――その人物が最後に主人公の霧生を一生懸命説得する言葉というのは、私は希望として受け取りました。でも、読者の方には違う受け取り方をした人もいるそうですね。
星野 そうですね、図領よりももっと意識的にいろんなことを企んでいて(笑)、本当に人を洗脳するのはこの人だというふうに読む人もいます。それはこの小説世界なら、ありえますからね。
もし本人が望まなくても、そういうふうに感じた人たちがたくさんいるならば、その人たちがこの人物を勝手にリーダーとして祭り上げて、また同じようなことが繰り返されるかもしれません。
――ところで、私は『呪文』を読んで、『ロンリー・ハーツ・キラー』(04年刊/のち中公文庫)と『無間道』(07年集英社刊)を思い出したんですよ。
星野 ええ、その三つは全部切腹が出てきますね。
――あ! 『呪文』はクズの使命として切腹しようとする男が出てくるし、『無間道』は自殺がテーマの三篇で、まさに「切腹」という短篇も入っていますね。この本は巻末と巻頭が切腹の場面なので、永遠にループして読めるんですよね。切腹しても自殺しても苦しさが続いていく、というように読める。
星野 そうです。まさしく無間道で、無間地獄を繰り返すという。『ロンリー・ハーツ・キラー』はそこまで切腹は出てきませんが、三島由紀夫的な自決と殉死のモチーフが入っているので。そういえば『ファンタジスタ』でも切腹のモチーフを使っています。しつこく何度も書いていますね(笑)。
――ああ、ずいぶん前に星野さんの作品には選挙がよく出てきますねって言ったことがありましたが、考えてみれば切腹もよく出てくるモチーフですね。
星野 そうそう、だから今回は選挙を出さないようにしました(笑)。見破られた以上は、また出すのは芸がないような気がしたので、次に進ませてもらったんです(笑)。
――うわ、そうでしたか……。ところで『ロンリー・ハーツ・キラー』は血盟団もモチーフになっていますよね。『呪文』ではそのあたりは意識されましたか。
星野 そうなんですよ。「一人一殺」の血盟団に倣って、他人を殺して自分も死ぬといった心中ブームが『ロンリー・ハーツ・キラー』には出てきます。あの作品から10年以上経ったので、それを「死のう団」事件に変えて現在バージョンとしてリメイクしようと思ったのが『呪文』でした。誰も気に留めないだろうと思っていたんですが、また見破られた(笑)。