連れていかれた「スラム街の実家」は、牢のような格子に囲まれていた
日本語で「空港まちがえた」って。国際空港が2つあるから別の空港行ったって言うんだけど、日本に帰ってから調べたら国際空港ってチリに1つしかない。
俺は頭にきていたから、アニータに「ホテルに連れてってくれ。明日帰るから。無理しないでいいから」と言うと、「ちがう、ちがう。空港まちがえた」って。
その後に連れて行かれたところが、スラム街のような場所にあるアニータの実家。牢みたいな格子が家をグーッと囲んでいた。俺の周りに子どもたちが集まってきたから、ズボンにあったペソ、日本円で当時数百円程度をやった。
そうしたらアニータが「ちょっと来て」って。家の中に連れて行かれて「なんであなたお金あげる? あの子たちはあなたあげたお金で何買う?」って問いただされた。
「お菓子?」って答えたら、「ドラッグ。それを親にあげる」「あなたはドラッグをやるためのお金をあげている。やめて」「あんたなにも知らないから、お金すぐあげるダメ。絶対ダメ」って怒られた。
アニータの新居はサンティアゴの新興住宅地にあった。同じ建物がいっぱい並んで、入り口に警備員がいた。アニータから「あなたとわたしのうちよ」みたいな感じで言われたので、「あなたとわたしって俺関係ないだろ。子ども2人と住めばいいじゃない」って返した。
アニータとは15歳も離れていたし、結婚する気はなかった。でも、アニータの娘が、自分の名前の後に「チダ」ってつけて名乗る練習をしていて、おかしいなあって。
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