悲劇の可能性はどの保護者にも
今回見てきた事例に共通するのは、「子どもの安全」よりも「日常生活の円滑な進行(泣かせない、早く着きたい)」を優先させてしまっている点である。何よりも優先すべき子どもの安全を蔑ろにしてしまっている点で、保護者としての責任を問われても仕方がない行為といえる。
ただ、これを「対岸の火事」として眺めていられる人がどれだけいるだろう。冒頭で取り上げたように、意図しないミスユースを含めると、子どもを安全に着座させられている保護者は半分に満たないのだ。
これを書いている筆者自身、子どもの身長に合わせて形状を変更できるタイプのチャイルドシートを使っていて、気づかぬうちに息子の身長が「切り替えが必要な水準」をオーバーしてしまっていたことがある。
自ら「チャイルドシートを使わなくてよい」と判断したわけではなくても、適切にチャイルドシートを扱えていなければ、結果として同等のリスクを子どもに背負わせることになる。
いざ事が起きてから、「自分の装着方法は間違っていた」と気づいても、時間を巻き戻すことはできない。いざというときに子どもの命を守るのは、保護者の日頃からの心がけと、「ハーネスをしっかり締める」という小さな動作の積み重ねである。
だが、保護者の意識が必要なのは、チャイルドシートの装着が義務づけられる「6歳未満」の段階に限った話ではない。後編では、「通常の座席を使うようになった6歳以上の子ども」を思わぬ危険に晒す、「身長とシートベルト」の問題について取り上げる。
