唯一の物証は「2本の毛髪」のみ
実際、警察の筋書きにあった犯行着衣は川から発見されておらず、暴力団員C絡みの証言はどれも曖昧。自白も物的証拠もなかったが、福井地検は、当時前川さんがシンナー依存症だったため、精神鑑定を行ったうえで責任能力ありと判断し、殺人罪で起訴する。
1987年8月から福井地裁で始まった裁判で、前川被告は起訴事実を否認した。弁護側は同被告の主張どおり、見込み捜査による不当逮捕や証拠の欠如に言及した。
対する検察側が唯一の物証としたのが、2本の毛髪である。現場から採取されていた毛髪99本のうち母娘とは明らかに異なる毛質で、検察側鑑定では「被告人のものと同一」とされた。が、DNA型鑑定のない当時、毛髪鑑定は血液型と性別、高齢者か若者かは大別できても、個人識別までは不可能というのが法医学上の常識だった。
また、公判の時点で、当初、警察が逮捕の決め手としていた犯行車両の助手席ダッシュボード下から検出した血痕は、血液型は一致したものの、詳細な検査で被害者とは異なるものと判明していた。
さらには、暴力団員Cの同棲相手Dさんが証言台に立ち、警察での事情聴取の際、裁判でも前川被告を犯人とするCの供述に沿って証言するよう誘導されていたことを告白する。
1990年(平成2年)9月6日の判決公判で、同地裁は毛髪の証拠能力を認めず、Cの供述をはじめ証人6人の捜査段階から公判に至るまでの変遷ぶりから「返り血を浴びた前川を車に乗せた」とする各証言の信用性は低いと判断、前川被告に無罪を宣告。前川さんは3年半ぶりに釈放される。