下りルートに待ち受ける難関

 再び裏門まで引き返し、水手道を進む。裏門より先は城外なのだろう。ほぼ自然地形だが、とにかく険しい。

 麓まではおよそ1時間。下りにしては時間がかなりかかった。後半の半分くらいは比較的平坦な道だったが、山裾の細い場所もあり油断ならない。

 水手道は「めい想の小径」なる別名がつけられており、道中そこかしこに、偉人の名言が看板に掲げられているのだが、「めい想している場合ではない!」と、何度もツッコミを入れてしまった。

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下山後、振り返って山上の天守を見上げる

 稲葉山城の築城は建仁年間(1201~1204)とされるが、本格的に整備したのは斎藤道三。だがマムシの道三は1556(弘治2)年、長良川の戦いで息子・義龍との争いに敗れ、討死。その義龍も1561(永禄4)年には急死し、息子・龍興の時代に信長に攻められ敗走した。

 そして信長が美濃を制し、天下取りへの大きな一歩を刻むことになる。

写真=今泉慎一

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