本格的な延伸計画があった

……といっても、それでもあまり問題は解決しない。わずか2.8kmでは、渥美半島全体から見れば微々たるもの。結局、黒川原駅から先は、本格的に鉄道のない旅をしなければならない、というわけだ。

 ところがところが、そんな鉄道不毛の地にも、かつて本格的な延伸計画があった。戦前の1938年から実際に工事まで行われ、レールを敷く直前の路盤まで完成していたという。

 

 結局日の目を見ることはなかったが、渥美半島の人々が夢見た未成線。せっかくだから、その痕跡を辿ることにしよう。

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 などと勢い込んだはいいものの、完成した路盤はそのまま打ち捨てられて払い下げ。もう80年以上が経った。どこまで痕跡が残っているのか、いささか心許ないところがある。痕跡がくっきり確認できる古い航空写真を参考にしながら進んで行こう。

もはや何も残っていない?

 まずは黒川原駅からスタートだ。ここには本当に駅があったのだが、廃止されたのは1944年。国道沿いの交差点にセブンイレブンがあるだけで、もはや何も残っていない。国道の歩道がほんのりと広いような気がするが、これが廃線跡、そして未成線なのか。

 

 といっても、国道沿いは田園地帯。広い歩道を設えるくらいは造作もないだろう。この程度で廃線跡と判断するのは難しい。

 ここから先は、未成線に沿って走っている豊鉄バスに乗ったり降りたりしながら進もう。

駅が設けられるはずだった場所には…

 最初にバスを降りたのは、小学校を中心にちょっとした集落が広がる野田という地域。このあたりには、三河野田という駅が設けられる予定だった。

 

 工事がほとんど完了したということは、駅の敷地も確保されていたということ。その場所を探してみると、どうやらそこは保育園になっているようだ。道路の区画とは異なる、ナナメの配置になっている建物が、いかにもそれらしい。