ところどころに痕跡が

 三河野田駅のすぐ先で小さな川を渡った未成線は、小学校の校庭あたりを貫いて神社の脇を抜けてゆく。なんとなく、神社脇の小径は未成線の路盤跡じゃあなかろうか。

 

 ただ、すぐに牛舎や田園地帯の中に入ってゆくから、そこから先を追うことは難しい。もともと農地の一部を半ば強制的に買収して建設した未成線。払い下げられて元の農地に復すれば、痕跡はなかなか見つけられない。

 

 ただ、ところどころで未成線跡のような農道があったり、その脇には「工」と刻まれた境界標があったり。この境界標は、鉄道建設用地とそれ以外の境目を示すものだ。だから、この場所に鉄道が通ろうとしていたことは確実なのだ。

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 馬草駅の予定地付近には菜の花畑が広がっていた。春近し、渥美半島。といっても、海が近いから風も強く、寒くてしかたがない。

 馬草駅の少し先で、国道と未成線は仲良く並んで三河湾沿いに入る。ここで未成線は国道の一部に吸収されてしまうが、国道の脇はもう海だ。三河湾の向こうに見えるのは、蒲郡あたりのレジャースポットだろうか。

 

 もしも鉄道が完成して、ここに列車が走っていたら。なかなかの絶景として人気になっていたに違いない。

ちょうど列車が走れそうな幅の側道

 ここから小さな集落の中の宇津江駅を経て、江比間地区で再び国道と別れを告げる未成線。江比間の集落の中には入らず、小高い丘にへばりつくようにして川沿いを走る。

 川縁にはちょうど列車が走れそうな幅の側道があった。これは間違いなく未成線の跡なのだろう。

 

 途中で川を渡った未成線は、泉市民館あたりに三河泉駅を設けた。道幅が広いのは、要衝の駅として広い構内を予定していたからなのだろうか。