レックリングハウゼン病(神経線維腫症1型)という指定難病とともに生きてきた名古屋市在住のガラス作家・大河内愛美さん。肌にあらわれるカフェオレ斑と呼ばれるしみや腫瘍の症状のため、子どもの頃には学校でひどいいじめを受けた。
しかし美大にストレートで入学し、夢だったガラス工芸を学びながら大学生活を謳歌。卒業後はガラス作家の道を歩み始めた大河内さんだったが、その頃、体の内側では静かに変化が起きていた。そして、ある成功体験が、人生の大きな転機につながっていく。(全3回の2回目/つづきを読む)
行動すれば夢は叶う
――大河内さんがレックリングハウゼン病について発信を始めたのは、いつ頃だったのでしょうか。
大河内愛美さん(以下、大河内) 2018年、24歳になる年からです。
――なぜ公表しようと思ったのですか。
大河内 きっかけは、俳優の大東駿介さんでした。
――どういうことでしょう?
大河内 中学3年生のとき、朝ドラ『ウェルかめ』で大東さんを見て「かっこいい!」って思って以来、ずっと応援していたんです。その後、あるとき大東さんのインスタグラムを見ていたら、「いいね」は多いけど、コメントが意外と少ないことに気づいたんです。「もしかして読んでくれるかも?」という軽い気持ちで、「今ガラス作家をしていて、いつか有名になったらお仕事ご一緒したいです」とコメントしたんです。
そのコメントから私のプロフィールに飛んできてくださったらしく、数日後、私の投稿に大東さんから3件も「いいね」がついていて。「読んでくれた!」って、本当にうれしくて。思いきってDMを送ったら「素敵な作品ですね」と返信までいただいて。それが2017年でした。
――憧れの俳優さんからの思いもよらぬ神対応。夢が動いた瞬間、という感じですね。
大河内 そうなんです。それで翌年、愛知県で大東さんが出演する舞台公演があることを知って、作品をプレゼントしたいと思ってまたDMを送ったら「楽屋を訪ねてください」と返信をいただいて。実際にお会いできました。
そのとき「行動すれば夢って叶うんだ」と強く思ったんです。それで「私の難病のことも発信したら受け入れてくれる人がいるかもしれない」という思いに至りました。大東さんとのことがなかったら多分、病気のことを発信しようなんて思わなかったと思います。

