『笑っていいとも!』の素人参加コーナーで特異な存在感を放って注目され、『ものまね王座決定戦』でのハイテンションなものまねで人気を確固たるものにした伝説の女性お笑い芸人・しのざき美知(57歳、2018年に「しのざき見兆」に改名)。
タモリ、ビートたけし、志村けんに“愛され”、「ものまね女四天王」や「ものまねお笑い四天王」のひとりに数えられたものの、25歳で結婚・引退した。
2017年に芸能界へ復帰し、すみよしななみ(住吉奈々美)とのユニット「ブギ子とウギ子」で活動する彼女に、地元では知らぬ者のいなかった篠崎家の教育方針、学校のイベントに引っ張りだこの小学生時代、落語との出会いなどについて、話を聞いた。(全4回の1回目/2回目につづく)
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実家ではピアノ教室や三味線教室をやっていた
――しのざきさんは、生まれも育ちも埼玉の浦和ですが、どんな子供時代を送っていたのでしょう?
しのざき美知(以下、しのざき) 実家がですね、ピアノ教室、電子オルガン教室、民謡教室、三味線教室、生け花教室をやっていたんですね。もうほんとに地元に根付いていた教室で、我が家のことを知らぬ人は誰もいないという感じで。そのわりに私は、勉強もできなければ、運動もできないので、そんな意味でも町では有名な子でした。
――ピアノ教室や三味線教室が家業だった。
しのざき 父は「篠崎電気」という電気工事の会社をやってたんです。埼玉のいろんなところに「篠崎電気」があるんですけど、だいたい親族がやっているという。地元の盆踊りがあると、うちの父親が提灯を付けるみたいな。工事以外でも地元のイベントにはなにかしら関わっていましたね。関わっているというよりも、しゃしゃり出るうちの父という。パンチパーマでした。
――裕福な家だったような気がしてならないのですが。
しのざき お腹は空いたことないです。生け花教室や民謡教室をやっていると、各地のおいしいものを頂いたりするじゃないですか。お稽古をやるたびに生徒さんがお菓子を持ってきてくれたりしますし。
お中元、お歳暮の時期になると、1部屋埋まるぐらいおいしいものがどんどん届いて。また、私がおいしいものが大好きじゃないですか。それを食べてたから、このような86キロの体型になるんですね(笑)。

