立ち直ろうとした時期があったのに…
――番組制作会社での下積みから、報道番組のディレクターとなった山﨑さんは、33歳の時、まるで異なる人生を送ってきたBと拘置所で対面し、何を思ったのでしょうか?
山﨑 あれだけの酷い殺人事件を起こした人間であっても、社会の中で立ち直ろうとした時期があったのには、正直、驚きました。そんなBも、だんだん社会に適応できなくなっていった。会社を突然辞めたり、給料の未払いで困っている時に、母親の知り合いに紹介された暴力団の構成員とつるんでしまったりする。
簡単に落とし穴にハマってしまったという印象です。なぜ、そこで真面目に続けられなかったのかと思いましたね。
――厭な言葉ですが、生育環境の影響もあると思いますか?
山﨑 その影響も大きいと思いますよ。本来なら、Bが道を外れていくのを引き止めるのが親の役目でしょう。でも彼の母親は、Bがトラブルを抱えた時に暴力団組員を紹介し、悪い交友関係を作らせてしまいました。
彼は高校を半年ほどで中退して、社会の中で生きていく時間はそこで止まっている。その後は、AやCとひったくりや強姦など犯罪を続け、あとはずっと刑務所での生活です。高校1年生の突っ張り少年が、突然大人になって、社会人生活を始めないといけなかったのですから、それを続けるのはなかなか難しかったのではないでしょうか。
ただ、それでも歯を食いしばって踏ん張れなかったのは、B自身の問題だと思いますが。
出所者の困難な現実
――Bの再犯と孤独死は、ある意味、出所者の困難の象徴に思えます。
山﨑 番組で取材した犯罪精神医学の小田晋先生は、次のことを言っています。日本は、元受刑者はそのことを世間に知られることなく、ひっそりと生きていくものだとする虚構の前提で成り立っている。つまり、彼はコンクリ詰め殺人事件の犯人だと知られずに生きていくしかなかったわけです。
けれども、実際はインターネットの普及で、事件を起こした者の名前や顔はデジタルタトゥーとして刻印され、簡単に前科者であることが知られてしまう。そうであるなら、元受刑者であることをオープンにした状態で、社会が彼らをどうやって受け入れていくのか、どうやって彼らは社会のなかで生きていくのか、その前提で議論していかないといけない。そうしないと「過去を知られたら、もう終わり」のままになってしまう。

