――当時はフリーターになって、「どうしよう」という心境だったのでしょうか。
西村 いや、なんとかなるだろうとは思っていました。早大時代から長年住んでいた大隈通り商店街にずっといて、変わらず塾講師や家庭教師をやっていました。貯金も20万~30万円くらいはあって、今すぐ死ぬレベルではないですから、なんとかなるだろうと。ただ、贅沢な生活はできませんでした。パンにマヨネーズを塗って、コーヒー牛乳を飲んで……みたいな食生活でしたね。
運命の出会いと人生の一大転機
――厳しい生活から抜け出すきっかけはあったのでしょうか。
西村 今の妻との出会いですね。2000年前後、いわゆるネット掲示板や出会い系サイトの黎明期だったのですが、そのなかで「エキサイトフレンズ」という、出会い系の元祖みたいなサイトがあって。「職業:教育関係」と記して登録したんですよ。
そこで34歳のとき、7歳年下の女性と出会いました。その子は祖父が校長先生から教育長になった方、祖母と母は教師、父は警察官という固い家庭で、いわゆる箱入り娘だったんです。高校から米国に留学して、そのまま大学院まで約10年間米国で過ごしたような人です。彼女の出身校はミシガン大学(University of Michigan Ann Arbor)というところだったのですが、当時の私は全く知らず、後に調べてみるとミシガン大学が世界大学ランキングで東大より上位にランク付けされていることを知り……腰を抜かしそうになりました(笑)。
――とんでもない才女ですね。西村さんの気持ちは?
西村 見た目は可愛らしいし、話していると知的で楽しいし、恵まれて育っている子ゆえの大らかさがまた魅力的でした。「この子と結婚したいなぁ、いや何が何でもこのチャンスはものにせんといかん! 人生で最大の転機や!」と思いましたね。それでなんとか交際することができ、彼女の家に転がり込ませてもらって生活するようになりました。
