――そこで、「これはいける!」と?

 いえ、最初は全然いいと思えなくて! 普段私が作るようなタイプの曲でもないし、リッチな展開もないから。でも、スタッフに聞いてもらったら「すごくいい!」って大興奮。もし一人だったらもっと短く編集してしまったと思うんですが、周りの人たちがそれを引き止めてくれたんです。

 だから『手紙 ~拝啓 十五の君へ~』が生まれたのは奇跡だな、と。小さな頃から抱えていた葛藤とか、自己肯定感の低さ、そして15歳の苦しみがこの曲につながっていったんでしょうね。

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30代で再びアメリカへ。無視できない「違和感」が

――『手紙 ~拝啓 十五の君へ~』が大ヒット。その後、2014年に活動を休止して、アメリカに留学されます。アメリカに改めて渡ったのはなぜだったのでしょうか。

 ちゃんと音大で学んだ経験があるわけでないので、直感的に音楽を作ってきたんです。でも、自分のパレットに絵の具はせいぜい5、6色しかないのに、500曲以上作ったからもうやり尽くしてしまった感じがすごくあって。もっと色を見つけるために音大に通うことにしました。日本の大学という選択肢もあったんですが、同級生も先生もやりづらいだろうし、私も一から学びたかったので、アメリカを選びました。

――約14年ぶりとなるオリジナルアルバム『SHADOW WORK』というタイトルは、心理カウンセリングに由来しているそうですね。アメリカでカウンセリングを受けられていたとのことですが、再び学び始める中で、ご自身の内面や過去の経験と向き合うようになったのでしょうか。

 大学に通っている間は、勉強に集中していたので、自分のことを深く考えずにいられたんです。でもその後だんだん家庭内だけでなく、外での人間関係もうまくいかなくなってきてしまって。

 大人になって住む場所も変わって、もう昔のように立ち回らなくてもいいのに、幼い頃にハーフとして生きるために身につけてしまった性格や感覚から脱せられず、苦しくなってしまったんだと思います。思い描いていた理想の母親に、自分がなれていないという苦しみも正直ありました。