「本当に八百長をしたのならあきらめもつく。しかしオレはやっていない」
永久追放を言い渡された若きエースは、涙ながらに無実を訴えた。プロ野球史を揺るがせた「黒い霧事件」。追放者たちはその後、どんな人生を歩んだのか。宝島社の新刊『日本の未解決事件100 犯罪から読み解く「昭和」「平成」「令和」史』より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/最初から読む)
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「本当に八百長したのならあきらめもつく。しかし…」
処分を受けた5月25日、池永は福岡市の自宅前で記者に囲まれ、人目をはばからず泣いた。
「本当に八百長したのならあきらめもつく。しかしオレは絶対にやってないんだ。八百長を依頼されたことは悪い。でもやってもないのに永久追放だなんて……」
プロ野球の、こと投手における「八百長」は見極めが困難な部分もあった。いくら甘い球を投げても打者がしっかり打たなければ目的は達成できないし、また仮に八百長であったとしても、たまたま甘いコースにいってしまったと言い張れば、それを否定する証拠はない。
しかし、池永は「疑わしきは罰する」というプロ野球機構の厳しい姿勢を受け球界を去ることとなった。
