火付け役の永易はその後…

 なお、事件を最初に告白し、騒動の火付け役となった永易は、その後北海道の町を転々としながら水商売の仕事に従事していたとされるが、2003年(平成15年)、病気のため死去している。

元西鉄永易将之投手の八百長問題で記者会見する西鉄ライオンズの楠根宗生オーナー(左、西日本鉄道社長)と青木勇三同球団社長(写真:時事通信社)

 復権を果たした池永は、アマチュア野球チームの監督や、地元放送局でゲスト解説者をつとめるなど、福岡を拠点に野球と関わる生活を続けたが、2022年(令和4年)にがんのため死去した。

 76歳だった。

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