準備に時間とスキルを要するスモークサウナ
スモークサウナはとにかく、準備に膨大な時間と熟練のスキルを要する。薪くべ以外の作業工程も多く、サウナの規模によっては、入浴可能になるまでトータル7〜8時間もかかるのだ。けれど一度準備の整ったスモークサウナ室では、その後も追い焚きなしで何時間でも(季節によっては翌朝まで)熱と蒸気を楽しめる。しかもその蒸気の性質は、時間の経過とともにドラマチックに変化してゆく。
温めたてのストーブから出る蒸気は、まるで新生児の甲高い泣き声のようにエネルギッシュ。それが徐々に分別をわきまえるように落ち着いてゆき、終盤の余熱から昇るまろやかな蒸気は、静かに余生を送る老年期さながらの穏やかさとなる。このような、人の一生になぞらえた無常観を蒸気の変化から体感できるのも、伝統スモークサウナならではの愛おしい趣きだ。
また、余熱が残りやすいスモークサウナ小屋は、入浴時間以外にも、食物の燻製や発酵、簡易宿泊の場として重宝された。脱衣しないと暖を取れない湯浴と違い、着衣したままでも温もったり熱エネルギーを使いまわせるのが、北国でサウナが重宝されたなによりの理由だ。
19世紀半ば頃までは、サウナといえばスモークサウナほぼ一択だったし、フィンランドに限らず近隣国の蒸気浴の伝統も、長年スモークサウナの中で醸成されてきた。そんな悠久の歴史を誇る蓄熱式ストーブが、近代の技術の進歩とともに、急速に変化を遂げ始める。ストーブに頑丈な金属煙突が接続され、薪の燃焼によって部屋が煤まみれになることがなくなって、ついに入浴中の追い焚きが可能になったのだ。これぞ「第一次ストーブ革命」である。
随時石を温め直すことができるようになった結果、入浴前の加熱時間は大幅に短縮された。同時にストーブの蓄熱性も必要が薄れ、どんどん小型化が進んだ。蓄熱式ストーブは大工や職人たちがその都度自作していたが、この追い焚き式薪サウナへの移行期に重なる1910年代以降には、フィンランド国内でサウナストーブの専門メーカーが相次いで誕生している。
ここまでのサウナストーブの進化は、他国でも遅かれ早かれ受容されていった。だがこの後、フィンランド人はさらにその先の「第二次ストーブ革命」へと足を踏み入れる。それが、火力ではなく電力(電熱線)で石を温める、いわゆる「電気ストーブ」の開発である。