サウナ機会均等社会を守り育てる「アップデート力」

 国内で世界初のサウナ用電気ストーブが開発されたのは、1938年のことだ。当時は、薪ストーブのほうがずっと速く石を温めたと言われるくらい、性能は未熟だった。だが改良が進み、戦後には、都市部を中心に電気ストーブを備えたサウナ室が普及の兆しを見せる。

 これは拙著『公衆サウナの国フィンランド』の公衆サウナ史の章で詳しく書いたが、電気ストーブの普及は、都市部のサウナ事情を一変させた。例えば、地方からの移住者向け階層住宅が急増した19世紀の首都ヘルシンキの内陸エリア(いわゆる労働者街)では、温水配給などのインフラ整備が一向に追いつかなかった。かといって、火災の危険性をはらむ薪サウナを集合住宅に導入するのも困難だ。

 そこで街角には「公衆サウナ」と呼ばれる民営の浴場が次々に開業し、自宅にサウナもシャワーも持てない市民の公衆衛生が守られてきた。このくだりは、かつて東京に2000を超える銭湯がつくられた経緯とほとんど同じだ。

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 けれど電気ストーブのサウナなら、火災のリスクも低いしスペースも要らない。つまり、集合住宅の共有スペースや各世帯のシャワー室の横にさえ、サウナの設営が可能となる。

 都市化が進む以前、フィンランド人にとってサウナは自宅で楽しむものだった。電気ストーブのおかげで、ようやく「自宅サウナ」や棟ごとの「共同サウナ」への回帰が叶ったのだ。

真冬のサウナの醍醐味は、合間に凍った湖でリフレッシュすること 撮影:こばやしあやな

 このようにフィンランドでは、国民の「サウナが身近にある暮らし」への強い欲求を満たすために、サウナストーブが絶えずアップデートされ続けてきた。その結果、時代とともに目まぐるしく変わる人々のライフスタイルに、家庭用サウナがしがみつき続けたのである。今もフィンランドには、総人口550万人に対し300万を超えるサウナがあると言われ、他国の人に驚きをもたらす。けれどこの数は、日本国内で「浴槽」の総数を数えるのと同じことだ。

 他方、同じく蒸気浴の伝統をもつ周辺国は、戦後もストーブの現代化に追随しようとしなかった。伝統蒸気浴のオール電化なんてもってのほか、という保守的な価値観が強かっただけでなく、一説では、電気ストーブに水をかけたら感電するのでは……と恐れられたから、とも言われる。けれどその判断が、都市での家庭入浴習慣の定着度に大差をつけた。

 フィンランド人は、既存の伝統や慣習にとらわれず、何事も時代に合わせて柔軟に変化させることへの未練や抵抗感がとても少ない民族だと、日頃から強く感じている。この国では、物質的な進化だけでなく、時代錯誤なルールやシステムも、容赦なく議論にかけられアップデートされる。私の移住後の約15年間にも、キャッシュレスやモビリティサービスが完全に日常化し、生活利便性の向上にはいまだ際限がない。この気質がサウナにも発揮された結果、他国とは一線を画す、類まれな「サウナ機会均等社会」が生まれた気がしてならない。