DAY6 禅僧が籠もった蒸気浴室と、日本の美を愛でる絢爛銭湯

 のどかな京丹後市で2日間羽を伸ばしたあとは、いよいよこの浴場旅の最終目的地、京都市街への上洛を果たした。同じ京都府内でも、洛中洛外の混雑ぶりは覚悟していた以上だった。

 だが今回は、人混みかき分け定番名所に立ち寄る暇はない。私たちがまず向かったのは、京都御所のすぐ北側に鎮座する臨済宗の禅寺相国寺だ。

 14世紀末に、室町幕府三代将軍の足利義満が創建。実はかの金閣寺と銀閣寺も、足利歴代将軍が禅宗寺院の本山とした相国寺の塔頭寺院にあたる。私たちが本寺を訪れた理由は、修行僧用の浴室の貴重な遺構が、ここの境内に残されているからだった。それは湯浴が民間に普及する以前の、元祖蒸気浴のための浴室だ。普段は非公開なのだが、蒸気浴のエキスパートたちのために、寺の僧侶が特別に内部を案内してくださった。

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相国寺の僧侶に蒸し風呂の伝統について解説を受ける 撮影:こばやしあやな

 推定1400年頃創建の相国寺の浴室には、風呂の供養を受けた際に自己と水が一如であることを悟った菩薩が祀られる。浴室は、修行のうえで心と体の垢を落とす場として、住み込みで修行に励む歴代の禅僧たちに使われ続けてきた。ただし現代はもう風呂での湯浴に切り替わっているので、今の浴室に残る遺構は、最初期の蒸気浴部屋を復元したものだ。

 切妻屋根の建物内に入ると、質素な広間の中央に蒸気浴のための小屋が佇む。壁を隔てた裏手の空間に巨大な釜戸があり、そこで沸かした熱湯を、細い水路を通じて徐々に小屋内の水瓶へと流し込む。その湯から立ち上る蒸気を浴びつつ、同時にかけ湯も行なったそうだ。浴室の利用に際しては、脱衣から湯の汲み取り方まで、厳しい規律が敷かれていたという。

 実際に入浴はできずとも、自国の蒸気浴文化とはまったく手法も背景も異なる異国の蒸気浴文化の一端を知れて皆満足げだったが、とりわけ、案内役の僧侶が自ら語る修行の裏話が、彼らの興味を引いていた。蒸気浴室から湯船へと場が移った現代でも、入浴時間が修行の一環であることに変わりはない。特に若年僧侶は年配僧侶の洗体やマッサージを担当するため、細かく定められた順序の終始を記憶し、正確に実践しなければならないそうだ。彼が当時必死にメモしていたノートも見せてもらったのだが、舌を巻く詳述のオンパレードで、入浴にここまで気を張らなければならないのは正直嫌だ……と一同愕然としていたのが可笑しかった。