背負おうとしても、ずり落ちてしまう
海岸から200mの大谷家は後ろが山だ。裾野の道路をたどると避難所に指定された豊間小学校がある。
加代さんが「小学校へ行くの?」と尋ねると、慶一さんは「そんな時間はない。天狗様さ上がれ」と言った。
標高40mほどの山に「天狗様」と呼ばれる神社があり、大谷家のすぐ裏に登り口の石段があった。慶一さんが引き連れて来た人々は、すぐさま駆け上がる。
だが、それまで3人で話していた加代さんと70代の女性、そして92歳の女性は動けなかった。92歳の女性は脚が悪く、歩くのも容易ではなかった。
加代さんが「お婆ちゃんは階段まで行けない」と言うと、慶一さんが「じゃあ、俺が背負う」と腰をかがめた。ところが、2~3歩でずり落ちてしまった。92歳の女性は体格がよくて重い。「焦りもあったのだろう」と加代さんは振り返る。
背負い直そうと腰をかがめた時、慶一さんは茶色い煙を目撃したようだ。津波が家々を呑み込みながら来襲すると、破壊された家の煙が迫って来るように見える。
いまも頭から離れない“目の色”
慶一さんは独りで走り出した。石段を駆け上り、途中で振り向いて、加代さんらに「ばっぱの手を放せ」と何度も叫ぶ。
「ばっぱ」とは92歳の女性のことだ。加代さんと70代の女性は、この女性の両手を片方ずつ握っていた。なのに振り払って逃げろというのである。
この時、慶一さんは92歳の女性と目が合った。「すごい目の色でした。忘れられません」。
加代さんは手を放して石段を駆け上がった。「下を見たら水がすーっと流れて行きました」。慶一さんが「下を向くな」「後ろを振り返るな」と声を上げる。石段を上がりきると、そこからはつづら折りの細い山道が「天狗様」のお堂まで続く。ギリギリで津波から逃れた加代さんは恐怖で立てなかった。慶一さんは「ここから先は独りで行ってくれ」と言い残し、石段を下って行った。自分の安全が確保されたら、助けに行くと考えたようだった。
石段の下では70代と92歳の女性が濁流に呑み込まれた。70代の女性が逃げられなかったのは、92歳の女性にしがみつかれたためだという。「オレのこと、置いていかないでけろ」と懇願された。のちに慶一さんは70代の女性に聞いた。
津波は冷たくて勢いが激しい。70代の女性は呑まれてすぐに失神した。気づいた時には真っ黒い水の中だった。「私はまだ死ぬ年齢じゃない。こんなところで死ねない」。力を振り絞ってもがくと、顔が水面に出た。ちょうどそこに石段を下りて来た慶一さんがいて、引っ張り上げた。
「天狗様」のお堂にたどり着いた70代の女性はびしょ濡れでブルブル震えていた。加代さんは自分の服を半ば脱ぎ、靴下まで渡して着せた。
92歳の女性は津波にさらわれたまま見つからず、3日後に遺体で発見された。
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