「贅沢すぎる」

 小室圭さんと母親に関する報道は代替わりをまたいで延々と続き、結婚式もせずに海外移住する「身勝手な結婚」が非難されると同時に、その矛先はこうした「わがまま」を許した秋篠宮家そのものにも向かうことになった。秋篠宮邸の改修も「贅沢すぎる」と批判された。

 そうした秋篠宮家への負の報道の間、即位をはさんだ徳仁天皇一家への批判的報道を目にした記憶がない。ここで注目されるのは、秋篠宮邸の改修に30億円以上が費やされたことと比較して、新しい天皇一家の住まいである御所の改修にはそれほどかからなかったとして、徳仁天皇一家の「質素ぶり」を賞賛する記事が多くの雑誌などに掲載されたことである。

 ここには、一方を「下げる」ことによってもう一方を「上げ」ようとする、あるいは反対に、一方を「上げる」ことによってもう一方を「下げ」ようとする、皇室を巡る報道や世の受け止め方において何度も繰り返された構図が、またも現れている。

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 この場合、比較の果てにある最終的な目的が「徳仁天皇一家を上げる」ことにあったのか、それとも「秋篠宮家を下げる」ことにあったのかは判然としない。想像するに、報じているメディアの当事者自身も分からぬままに行っていたのではないか。あるいは批判することで秋篠宮家が「下がり」、後は勝手に徳仁天皇一家が「上がって」しまったのかもしれない。